<連載第2回>
公用文・法令文の表記法の原則
2012/8/21
法令文は広義の公用文に含まれます。公用文を書き表すときは、原則として、「常用漢字表」「送り仮名の付け方」「現代仮名遣い」に従った表記法を使用します。ただし、法令文には、歴史的経緯に基づく文語体やいわゆる旧仮名遣い(歴史的仮名遣い)などが一部例外として認められています。[注]
マンション管理組合が作成・使用する全ての文書に、公用文または法令文の表記法を厳密に適用させる必要はありません。しかし、最低限、管理規約・細則等については、法律や標準マンション管理規約と密接な関係があることから、表記法が大きく異ならないよう留意すべきです。
例えば、ある生活上のルールの根拠を示すために区分所有法と管理規約のそれぞれから引用した関連条文を併記するような場合、漢字の使い方や送り仮名の付け方がバラバラだったら、読み手は混乱することでしょう。用字・用語はもちろんのこと、表記法についても、法制執務の原則を理解しておけば、無用な混乱や誤解を防ぐことにつながるのです。
漢字の使い方
法令文では、原則として、「常用漢字表」に掲げられた漢字とその音訓を使用します。ただし、人名・地名などの固有名詞は、差しつかえのない限り常用漢字表の通用字体を用いて、そのまま漢字表記します。
表外漢字・表外音訓は、@同音の易しい文字への書き換え、A同じ意味の易しい言葉への言い換え、B漢字でなくても意味が通じる言葉は仮名書き、などの方法によりできるだけ使わないようにします。
@の例: 雇傭→雇用、車輛→車両
Aの例: 罹災→被災、竣工→完成
Bの例: 斡旋→あっせん、如何→いかん
専門用語などで、ほかに言い換える言葉がなく、仮名書きにすると理解できない言葉は、表外漢字に振り仮名(ルビ)を付けます。
按分→ 按 分、瑕疵→瑕疵
次のような語句は、文章を柔らかくするため、常用漢字を使わずあえて仮名書きします。
虞・惧れ・恐れ→ おそれ、且つ→かつ、従って(接続詞の場合)→したがって、但し→ただし、但書→ただし書、外・他→ほか、又(副詞・接続詞の場合)→また、因る→よる
ただし、複数の語句を併合的・選択的に並べるとき、「及び」「並びに」「又は」「若しくは」の4語は必ず漢字で書きます。
A、B及びC
A及びB並びにX及びY
A、B又はC
A若しくはB又はX若しくはY
仮名文字の使い方
法令文の仮名遣いは、原則として、「現代仮名遣い」と「送り仮名の付け方」に基づく現代文の口語体・平仮名書きとし、既存の法令を一部改正する場合を除き、歴史的仮名遣いによる文語体・片仮名書きは用いません。
現代仮名遣いは、学校教育や新聞・出版等を通じて広く一般に浸透していますが、「表記法は現代仮名遣いによる」と指定したとき、「いわゆる旧仮名遣いでなければいい」と安易に理解する人が多いようです。現代の国語表記の拠りどころとして公表された文書(内閣告示)があることを、念のためここで再確認しておきたいと思います。
常用漢字表の音訓に基づく送り仮名の付け方についても、内閣告示が公表されています。その存在感は低下していますが、その概要を再確認すると次のとおりです。
動詞・形容詞・形容動詞など「活用のある語」は、@基本的には活用語尾を仮名で送り、A派生・対応の関係にある語については含まれている元の語句の送り仮名の付け方によって送ります。
@の例: 書く(五段活用)、生きる(上一段活用)、助ける(下一段活用)
Aの例: 動かす(動詞「動く」)、勇ましい(動詞「勇む」)、晴れやかだ(動詞「晴れる」)、怪しむ(形容詞「怪しい」)、確かめる(形容動詞「確かだ」)、汗ばむ(名詞「汗」)、後ろめたい(名詞「後ろ」)
名詞・副詞・連体詞・接続詞など「活用のない語」は、B基本的には名詞に送り仮名を付けず、Cその他はそれぞれの最後の音節を送ります。
Bの例: 花、男、俺、彼、何、我々
Cの例: 必ず、来る(きたる)、 及び
「複合語」は、D基本的には元の語句それぞれの音訓を用いた送り仮名の付け方により、E読み間違えるおそれのない場合は慣例に従い送り仮名を省略でき、F特定領域の専門用語や一般的な慣用句は送り仮名を付けません。
Dの例: 申し込む、打ち合わせる、預かり金、日当たり
Eの例: 申込み、打合せ、預り金、雨上り
Fの例: 申込書、積立金、借入金、日付、建物
表記統一の難しさ
現行法令の全てがこれまでみてきた表記法の原則に従っているわけではありません。例えば、「日本国憲法」は、次のとおり歴史的仮名遣い・旧送り仮名に基づき表記されています。なお、原文は縦書きで、漢字は「旧字」(「條」「國」など)を使用していますが、ここでは便宜上、横書き・「新字」表記(「条」「国」など)としました。
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
これは、当時の表記法に従って憲法の条文が起草され、1946年11月3日に公布されたからです。その後、同年11月16日に「当用漢字表」と「現代かなづかい」が公表され、現代仮名遣いと簡略字体(新字)が公式な表記法となりました。
また、「すべての」という平仮名表記は、2010年の「改定常用漢字表」の音訓に「全て」が追加されたことを受けて、今後は「全ての」という表記への書き換えが進むと思われます。しかし、だからといって、憲法の条文を「すべての」から「全ての」に改正しなければならいということはありません。
一方、法令の一部改正を行う場合、条文が口語体のときは旧送り仮名(「取消」「異議申立」「行なう」など)を新送り仮名(「取消し」「異議申立て」「行う」など)に書き換えることがあります。結果的に、同一の法令中で新・旧送り仮名の混在が起こり得ますが、これは許容範囲とされています。
このように、現行法令の表記法を完全に統一することは不可能といえます。表記法に必要以上にこだわると、せっかく正確に引用した条文を書き換えてしまうという間違いにもつながりかねません。読みやすく分かりやすい文章を書くという、本来の目的を忘れないことが重要です。
(マンョン管理士/波形昭彦)