<連載第7回>
誤解を招く会話
2012/12/4
マンション管理の現場で、次のような会話が交わされることがあるようですが、問題ないでしょうか? 検討してみましょう。
(会話の前提) 管理組合理事長であるXは、日頃から管理経費の削減を心がけている。管理費等滞納者に対しても厳しい態度をとっている。そのような背景もあり、Xは、いわゆる本人訴訟として、管理費等滞納者に対し、管理費等請求訴訟を提起し、全部認容判決を得ていた。 その後、その判決に基づいて不動産強制執行を申し立てようと考えて、マンション管理士であるYに相談した。 |
(会話の内容) X:(質問1)「判決に基づいて、滞納者の部屋を競売にかけたいのですが、可能でしょうか?」 Y:(回答1)「可能です。判決は債務名義になりますので、債務名義に基づく不動産強制執行が可能です。」 X:(質問2)「しかし、競売にかけても、住宅ローン債務が残っている関係から、管理組合への配当はゼロだと思います。無意味ではないでしょうか?」 Y:(回答2)「仮に管理組合に配当がなくても、新しい所有者に請求すればよいので、無意味ではありません。競落人は特定承継人に該当しますので、区分所有法8条に基づき、滞納金を請求できるのです。所有者が変わることによって、管理組合運営も健全化すると思います。」 X:(質問3)「そうなのですか。では早速、競売を申し立てます。ちなみに、裁判所に納める予納金というものは全額戻ってくるのでしょうか?」 Y:(回答3)「予納金は、全額戻ってきます。」 |
回答1について
質問1は非常に抽象的です。
一般的に「競売にかける」という表現が使われたりしますが、そもそも「競売にかける」とは何を意味しているのでしょうか?
人によって、その言葉の意味合い(イメージ)が異なる可能性があります。
例えば、
@「競売申立て」をイメージする人、
A入札等の方法による「売却実施」をイメージする人、
B売却代金納付による「所有権移転」をイメージする人、
C手続全体を漠然とイメージする人
など様々です[注1]。
仮に、上記@の意味の質問であれば、「可能」と答えても特に問題はないでしょう。
しかし、上記Aの意味の質問であれば、「可能」と答えることには問題があります。例えば、後述する「無剰余取消し」になってしまうと、「売却実施」には至りません。
また、仮に、「無剰余取消し」を回避できたとしても、民事執行法68条の3[注2]の適用によって競売手続が取り消されることも(極めて稀ですが)あり得ます。競売手続きが取り消されると、当然上記Bには至りません。
したがって、安易に「可能」と断定することには問題があります。
Yの回答は、Xを誤解させる可能性があります。
回答2について
一般的に、金銭債権回収を目的とした不動産強制競売であるのに配当が全く見込めないような場合は、その不動産を換価することが無益とされ(いわゆる「無益執行禁止の原則」)、原則として「無剰余取消し」となってしまいます(民事執行法63条)[注3]。
これに対し、Yの回答は、あたかも無剰余でも換価できるというような流れになっており、Xに誤解を与えかねません。
たしかに、所有者が変われば区分所有法8条を根拠に、新所有者に対し、滞納管理費等を請求できるでしょう。
しかし、そもそも競売手続が無剰余を理由に取り消されてしまうと、競売による買受人(新所有者)も現れません。
もちろん、無剰余判断がなされても、無剰余取消し回避の手段を講じることによって売却実施に至ることはあります[注4]が、「原則」は「無剰余取消し」であって、「無剰余取消しの回避」は「例外」なのです。
Yの回答は、「原則」に言及していないため問題があります。
Yの回答は、Xを誤解させる可能性があります。
回答3について
不動産強制執行申立に際しては、予納金が必要です[注5]。
東京地方裁判所民事第21部の場合、最低でも60万円の予納金が必要です。
予納金とは、簡単に言えば、不動産競売手続の各種費用に充てられる金銭を予め申立人が納めておくものです。予納金は裁判所が保管します。そして、裁判所は不動産競売手続にかかる各種費用をその予納金(保管金)から支払っていきます。
仮に競売手続きが無剰余を理由に取り消された場合には、売却代金の納付(配当の原資)もないことから、手続費用(不動産評価費用や現況調査費用等、諸々の執行費用)の分配にも至りません。
もちろん最終的に残ったもの(予納金残金)は予納者に返金されますが、Yの回答は、途中で手続が取り消された場合のことなどを説明しておらず、問題があります。
Yの回答は、Xを誤解させる可能性があります。
(弁護士/平松英樹)