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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第11回>

マンション内の生活騒音トラブル

2013/2/12

今回は、マンション内の生活騒音トラブルについて検討してみましょう。

次のような事例をもとに検討していきましょう。

<事例1>

Aさん所有の部屋の階上には、Bさん所有の部屋がある。
Bさんの部屋にはBさんの家族が居住している。
Aさんは、Bさんの部屋からの騒音に悩まされて精神的苦痛を受け、自律神経失調症ともなり通院治療を要した。

検討1(管理組合としての対応は?)

上記のような事例において、誰が、誰に対し、いかなる根拠に基づき、どのような請求をするのか、という視点から検討してみましょう。

まず、マンション管理組合は、Bさんに対し、何らかの請求が可能でしょうか?

この点、区分所有法57条には次のように定められています。

(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
第五十七条 区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2 前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない。
3 管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。
4 前三項の規定は、占有者が第六条第三項において準用する同条第一項に規定する行為をした場合及びその行為をするおそれがある場合に準用する。

ちなみに、マンション標準管理規約(単棟型)第66条には次のように定められています。

(義務違反者に対する措置)
第66条 区分所有者又は占有者が建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、区分所有法第57条から第60条までの規定に基づき必要な措置をとることができる。

管理規約第66条は、区分所有法57条から60条の規定の適用があることを確認したものに過ぎません。したがって、このような規約の有無にかかわらず(管理組合としては)区分所有法57条から60条の規定(強行規定)に基づく請求が考えられます。

ただし、「共同の利益に反する行為」というためには、少なくともBさんの行為(騒音発生行為)が相当範囲の区分所有者の生活利益に影響を及ぼすものでなければなりません。

また、「区分所有法57条に基づく請求の対象となる『建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為』(同法6条1項)には、他人の財産や健康にとって有害、迷惑であったり、不快となるような生活妨害(ニューサンス。騒音、臭気、振動等)をも含むものと解されるところ、具体的に如何なる行為がこれに当たるのかは、当該行為の性質、必要性の程度や、当該行為によって他の区分所有者が被る不利益の態様、程度等を比較衡量して、社会通念によって決するのが相当である」と解されています(東京地裁平成21年12月28日判決参照)。

いずれにしても、Aさん宅のみに対する騒音(加害行為)の場合、「共同の利益に反する行為」とまでは言い難く、管理組合として「必要な措置を執ることを請求する」ことは困難です。

検討2(Aさんからの請求は?)

では、AさんからBさんに対する請求はどうでしょうか?

(1)損害賠償請求

例えば、Aさんは、Bさんに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料の支払いや治療費の支払いを求めることが考えられます。

根拠条文は民法709条や710条です。

<民法709条>

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

<民法710条>

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

ちなみに、騒音が不法行為を構成するかどうかは、一般に、「侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決すべき」と解されています(最高裁平成6年3月24日判決参照)。

そして、マンションに関する裁判例(東京地裁平成6年5月9日判決)によれば、「マンションにおけるような集合住宅にあっては、その構造上、ある居宅における騒音や振動が他の居宅に伝播して、そこでの平穏な生活や安眠を害するといった生活妨害の事態がしばしば発生するところであるが、この場合において、加害行為の有用性、妨害予防の簡便性、被害の程度及びその存続期間、その他の双方の主観的及び客観的な諸般の事情に鑑み、平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として判断して、一定の限度までの生活妨害は、このような集合住宅における社会生活上やむを得ないものとして互いに受忍すべきである一方、右の受忍の限度を超えた騒音や振動による他人の生活妨害は、権利の濫用として不法行為を構成することになるものと解すべきところである」と判示されています。

(2)差止請求

ところで、Aさんとしては、Bさんに対し、Aさんの人格権ないし所有権に基づく妨害排除請求として、Yさん所有の居室から発生する騒音の差止を請求することも考えられます。

例えば、東京地裁平成24年3月15日判決[注1]を参考にすると、次のような請求が考えられます。

「被告(Bさん)は、原告(Aさん)に対し、被告所有の別紙物件目録1記載の建物から発生する騒音を、同原告が所有する同目録2記載の建物内に、午後9時から翌日午前7時までの時間帯は40dB(A)を超えて、午前7時から同日午後9時までの時間帯は53dB(A)を超えて、それぞれ到達させてはならない」。

なお、東京地裁平成24年3月15日判決[注1]では、上記の限度で差止請求を認容していますが、東京地裁八王子支部平成8年7月30日判決[注2]では、損害賠償請求について認める一方で、差止請求(原状回復としての復旧工事の施工)については認めていません。

<事例2>

Aさんは、階上のBさんが騒音を発生しているとして、マンション管理人等を通じて、Bさんに対し、執拗に苦情を申し入れ、また、管理組合の総会等において、「Bさんが四六時中様々な騒音を発生させており、階下のAは多大な被害を受けている。」という印象を与える様々な発言をし、その発言内容が議事録に記載され全区分所有者に配布された。
Bさんは、騒音を発生させていないと主張し、Aさんの各種行為により名誉等を侵害されたと主張している。

検討1(Bさんからの請求は?)

上記事例2において、AさんとしてはBさんに対し上記事例1で検討したような請求が考えられますが、逆に、Bさんの立場からは、どのような請求が考えられるでしょうか?

まず、Bさんは、Aさんに対し、不法行為(名誉毀損等)に基づく損害賠償請求や名誉回復措置(民法723条)を請求することが考えられます。

<民法723条>

(名誉毀損における原状回復)
第七百二十三条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。

本事例2では、Aさんが主張するような騒音が認められないという前提で検討します。

この場合、BさんからAさんに対する請求が認められる可能性があります(東京地裁平成23年10月13日判決参照)[注3]。

検討2(管理組合としての注意点)

Bさんの騒音発生行為が存在しないにもかかわらず、管理組合としてBさんを(客観的根拠なく)加害者扱いしBさんの社会的評価を低下させたとすれば、管理組合は、Bさんから、不法行為(名誉毀損)に基づく損害賠償(慰謝料)を請求される可能性もあるでしょう。

そのようなことを考えると、管理組合として生活騒音トラブルに対処しようとする場合、少なくともその騒音に関する客観的事実(証拠)を確認しておく必要があるでしょう。

(弁護士/平松英樹)



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注釈 NOTE

注1: 東京地裁平成24年3月15日判決主文より抜粋(一部修正)
 主文
 1 被告は、原告X1に対し、被告所有の別紙物件目録1記載の建物から発生する騒音を、同原告が所有する同目録2記載の建物内に、午後9時から翌日午前7時までの時間帯は40dB(A)を超えて、午前7時から同日午後9時までの時間帯は53dB(A)を超えて、それぞれ到達させてはならない。
 2 被告は、原告X1に対し、94万0500円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 3 被告は、原告X2に対し、32万4890円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 4 原告X1のその余の請求を棄却する。
 5 訴訟費用はこれを4分し、その3を被告の負担とし、その余を原告X1の負担とする。
 6 この判決は主文第2項及び第3項に限り仮に執行することができる。

注2: 東京地裁八王子支部平成8年7月30日判決より抜粋
 騒音被害・生活妨害による人格権または人格的利益の侵害ないし侵害の恐れに基づく妨害排除・予防請求としての差止め請求が認められるか否かは、侵害行為を差止める(妨害排除・予防する)ことによって生ずる加害者側の不利益と差止めを認めないことによって生ずる被害者側の不利益とを、被侵害利益の性質・程度と侵害行為の態様・性質・程度との相関関係から比較衡量して判断されるが、前述したように、被告における本件フローリングによる前記騒音被害・生活妨害は受忍限度を超えたものであり、したがって、右侵害行為(被告における本件フローリングによる前記騒音被害・生活妨害行為)の差止めを認めないことによって生ずる被害者側たる原告らの不利益は決して小さくないと言うべきであるが、本件フローリングの有用性は前記認定のとおりであり、本件フローリングに対する差止めないし差止めによる原状回復については、被告に対し相応の費用と損害をもたらすことは明らかであり、しかも、後記四に説示するとおり、若干の問題はあるものの原告ら及び被告に対し本件勧告が有効になされ、原告らもこれを一旦は受け入れた経緯に鑑みると、なおのこと、被告における本件フローリングによる前記騒音被害・生活妨害行為は直ちに、右差止め請求を是認する程の違法性があると言うことは困難と言わざるを得ない。

注3: 東京地裁平成23年10月13日判決より抜粋
 (1) 原告らは、被告の発言によって、四六時中、原告ら居室から様々な騒音を発生させており、階下の住人である被告に対して多大な被害を与えている加害者であるという印象を与えられ、名誉を毀損されるとともに、多数回にわたる苦情の申立てにより、名誉感情を侵害されたものであって、精神的苦痛を被ったと認められる。
 他方、被告の発言内容は、概ね、本件マンションの住人や管理会社の従業員らという一定の範囲の者に限って認識されるものであったと考えられること、その他、上記2(2)の認定事実記載の事実経過等、本件に現れた諸般の事情を総合的に考慮すれば、原告らが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は、原告らそれぞれについて30万円が相当であり、これと因果関係のある弁護士費用としては、それぞれ3万円が相当というべきである。
 (2) 原告らは、原告らの名誉を回復するためには、別紙1の謝罪文を被告が原告ら及び管理組合の理事長に交付することが必要であると主張するが、上記(1)の慰謝料に加えて、謝罪文の交付まで認める必要性があるということはできない。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。