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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第21回>

専有部分の漏水トラブルの問題点

2013/7/9

今回は、分譲マンションで発生する専有部分からの漏水トラブルについて考えてみましょう。マンション管理の現場においては非常に悩ましい問題です。

まずは、大阪地裁昭和54年9月28日判決の事案を紹介しましょう。

事案の概要(上記判決の事案を抽象化)
1 原告は5階の部屋を所有(居住)し、被告はその上階(6階)の部屋を所有(居住)している。
2 昭和52年5月29日午後3時半ごろ、原告方住居の炊事場と和室の境の天井から黒い水がたれ落ちてきて、次第に激しくなるようになるので、原告の妻は、直ちに階上の被告方に電話し、被告の妻に対し、上から水漏れがするので一度見てほしいと連絡した。これに対し、被告の妻は、うちでは水は使っておらず、関係がない、用があるなら管理人を通じてくれとどなりつけて電話を切った。
3 その後、原告の妻は、工事関係者らに依頼して、再三、被告方への立入り調査・修理を申し入れてもらったが、被告はこれを拒絶し続けた。
 結局、被告がこれに応じたのは同年6月2日となった。その日、工事関係者らが被告方に入室し、炊事場の床をめくったところ、給水管に小さな亀裂があり、そこが漏水原因であることが判明した。そして、同日、その修理工事を完了した。
4 原告は、被告に対し、原告宅の修理費用及び原告が被った精神的損害(慰謝料)の支払を求めた。

大阪地裁昭和54年9月28日判決の判断(抜粋)
 ・・・被告と原告とが所有し居住しているマンション●●の621号室と522号室とは階上と階下の関係にあり、給水管は621号室の床下を通っているため、階下の522号室からはコンクリートの障壁にさえぎられて給水管の点検、修理のできない構造になっているのであるから、かかる構造、設備を有する同一マンションの階上室を所有し居住する者は、階下に漏水事故が生じ、その原因の調査、水漏個所の修理のため必要が生じた場合には、同一マンシヨンの直上、直下階にそれぞれ居住するという共同の関係をもって社会生活を営む者の隣人(階下居住者)に対する義務として、自己の所有し、居住する階上室に工事関係者が立入って、漏水原因の点検、調査、修理工事をすることを、これを拒否するのが正当と認められる特段の事情のない限り、受忍すべき義務があり、この義務に違背して右特段の事情がないのにことさらに立入を拒否した場合には階下居住者に対する不法行為となるというべきである。
 本件では、被告は、昭和52年5月29日午後3時半ころ原告方に漏水事故の生じたことを知らされ、同月30日午前9時40分ころには工事関係者から被告宅に漏水原因の調査、修理のため入室を求められたのに、何ら入室を拒否する正当の理由がない(被告は、被告の妻が病気であったというが、入室して調査することを拒否せざるを得ないような重病で病床にあつたことを認めるに足りる証拠はない)にも拘らず、これを拒絶し、その後も再三の申入に対して、●●建設に対する被告宅の補修要求を交換条件に持ち出すなど筋違いな要求をして、その都度拒否し、結局同年6月2日に至るまで入室を拒み続けたのであるから、被告の同年5月30日から同年6月1日までの3日間にわたる入室拒否行為は、社会生活上要求される前記の義務に著しく違背した行為として違法性を帯び、原告に対する不法行為となるといわなければならない。
(中略)
 ・・・事実によれば、原告は、被告の不法行為により3日間余にわたって漏水防止の処置をとることが不能となり、時には漏水が激しくなるためその対応措置に追われて住居の平隠を害され、精神的苦痛を蒙ったものと認められる。
 そして、・・・被告の不法行為の態様、原告の物的損害発生の状況、原告側の対応措置ことに原告とその妻が、昭和52年5月29日に2回にわたって被告の妻に電話連絡したほかはすべて被告方への立入について管理人ないし工事関係者に委せ切りにし、自ら直接被告方に赴いで被告との面談、説得を試みるなど隣人同志として十分に話合う努力をしなかったことなどその対応措置には同一マンシヨンに居住する隣人に対するものとしてやや配慮に欠ける点もあったことなどの事情を総合すると、原告が蒙った精神的損害に対する慰藉料は70,000円とするのが相当であると認められる。

検討

1 マンション管理の現場では

一般論として、上記のような漏水が発生すると、階下の区分所有者(居住者)は、自ら対応(階上の区分所有者への連絡等)するとともに、管理組合(ないし管理会社)にその対応を依頼してくると考えられます。

管理組合としては、区分所有法6条2項[注1]あるいは管理規約(例:マンション標準管理規約(単棟型)23条[注2])を根拠に、階上の区分所有者(居住者)に対し、立入りを請求すると思われます。

階上の人に協力してもらえれば特に問題はありませんが、厄介なのは、階上の人が立入りを拒否する場合です。

2 階下の区分所有者から階上の区分所有者に対する請求は?

区分所有法6条2項によると、階下の区分所有者は、「その専有部分を保存・改良するため必要な範囲内において」、階上の区分所有者の専有部分の使用を請求することができます[注3]。

加害者(階上の区分所有者)がこれを拒否するような場合、被害者(階下の区分所有者)の損害は拡大するでしょうから、その分(損害)を被害者が加害者に請求することも可能でしょう。

3 管理組合から階上の区分所有者に対する請求は?

管理組合としては、「共用部分を保存・改良するため必要な範囲内において」、階上の区分所有者の専有部分の使用を請求することができるでしょう(区分所有法6条2項参照)[注1]。

また、管理規約(例:マンション標準管理規約(単棟型)23条[注2])を根拠として、「管理を行うために必要な範囲内において」、階上の区分所有者の専有部分への立入りを請求できるでしょう。

ただし、管理組合が管理するのは基本的に「敷地及び共用部分等」(マンション標準管理規約(単棟型)21条[注4])です。特定の専有部分の管理のために、他の専有部分への立入りを請求できるわけではありません。

つまり、管理組合が他人の専有部分への立入りを請求するためには、「共用部分の保存・改良」あるいは「敷地及び共用部分等の管理」に関係していることが必要でしょう。

4 さいごに

理論上、管理組合が、専有部分への立入りを請求できるといってみても、相手方が立入りを拒否し続けるのであれば、結局は訴訟を提起しなければなりません。しかし、はたして判決を得れば万事解決するのでしょうか?

いまの規約の定め方でうまく対応できるのでしょうか?

規約の定め方に工夫すべき点はないのでしょうか?

さらに言えば、予め個別の契約(各区分所有者と管理組合間の具体的な合意)をしておく方法はどうでしょうか?

専有部分からの漏水問題は、マンションの老朽化に伴って増えるかもしれません。そこで、この問題への対応策についても予め検討しておいた方がよいでしょう。

(弁護士/平松英樹)



バナースペース

注釈 NOTE

注1: 区分所有法6条
(区分所有者の権利義務等)
第六条 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
2 区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる。この場合において、他の区分所有者が損害を受けたときは、その償金を支払わなければならない。
3 第一項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者(以下「占有者」という。)に準用する。

注2: マンション標準管理規約(単棟型)23条
(必要箇所への立入り)
第23条 前2条により管理を行う者は、管理を行うために必要な範囲内において、他の者が管理する専有部分又は専用使用部分への立入りを請求することができる。
2 前項により立入りを請求された者は、正当な理由がなければこれを拒否してはならない。
3 前項の場合において、正当な理由なく立入りを拒否した者は、その結果生じた損害を賠償しなければならない。
4 立入りをした者は、速やかに立入りをした箇所を原状に復さなければならない。

注3: 階下の区分所有者として、共有持分権を有する共用部分を保存(保存行為としての共用部分の補修等を)するため、必要な範囲内において、階上の区分所有者の専有部分の使用を請求することも考えられます。

注4: マンション標準管理規約(単棟型)21条〜22条
(敷地及び共用部分等の管理)
第21条 敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行うものとする。ただし、バルコニー等の管理のうち、通常の使用に伴うものについては、専用使用権を有する者がその責任と負担においてこれを行わなければならない。
2 専有部分である設備のうち共用部分と構造上一体となった部分の管理を共用部分の管理と一体として行う必要があるときは、管理組合がこれを行うことができる。
(窓ガラス等の改良)
第22条 共用部分のうち各住戸に附属する窓枠、窓ガラス、玄関扉その他の開口部に係る改良工事であって、防犯、防音又は断熱等の住宅の性能の向上等に資するものについては、管理組合がその責任と負担において、計画修繕としてこれを実施するものとする。
2 管理組合は、前項の工事を速やかに実施できない場合には、当該工事を各区分所有者の責任と負担において実施することについて、細則を定めるものとする。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。