<連載第37回>
元区分所有者(当時の管理費等滞納者)に対する時効中断の効力と、特定承継人に対する効力について
2014/3/11
今回は、元区分所有者(当時の管理費等滞納者)に対する時効中断の効力が、その後出現した特定承継人(区分所有法8条)[注1]に対しても及ぶのか、という問題について考えてみましょう。
問題の背景
元区分所有者(本来の滞納者)の債務と特定承継人の債務の関係については、下記東京高裁平成17年3月30日判決のように、不真正連帯債務の関係にあると解されています。
そうすると、連帯債務の場合とは異なり、「債権を満足させる事由以外には、債務者の一人について生じた事項は他の債務者に効力を及ぼさない」(最高裁昭和48年1月30日判決参照)
[注2]ということになり、すなわち連帯債務に関する民法434条 [注3]の規定の適用もないと解されます。
<東京高裁平成17年3月30日判決より> 「控訴人は、本件建物等の所有権が被控訴人に移転するまでの間の本件管理費等について支払義務を負っている。ところで、建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)8条は、同法7条1項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる旨規定しており、これによれば、被控訴人は、本件管理費等の滞納分について、控訴人の特定承継人として支払義務を負っていることは明らかである。これは、集合建物を円滑に継持管理するため、他の区分所有者又は管理者が当該区分所有者に対して有する債権の効力を強化する趣旨から、本来の債務者たる当該区分所有者に加えて、特定承継人に対して重畳的な債務引受人としての義務を法定したものであり、債務者たる当該区分所有者の債務とその特定承継人の債務とは不真正連帯債務の関係にあるものと解されるから、真正連帯債務についての民法442条は適用されないが、区分所有法8条の趣旨に照らせば、当該区分所有者と競売による特定承継人相互間の負担関係については、特定承継人の責任は当該区分所有者に比して二次的、補完的なものに過ぎないから、当該区分所有者がこれを全部負担すべきものであり、特定承継人には負担部分はないものと解するのが相当である。したがって、被控訴人は、本件管理費等の滞納分につき、弁済に係る全額を控訴人に対して求償することができることとなる。」 |
不真正連帯債務の相対的効力を強調すると、当事者(管理組合と元区分所有者)間において時効中断事由が存在しても、その後出現した特定承継人にはその効力が及ばないようにも思われます。
しかし、債権者(管理組合)としては権利の上に眠っていたわけでもないのに、その後出現した特定承継人からは易々と時効を援用されてしまうというのでは、結論の妥当性を欠くように思われます。
問題は、妥当な結論を導くための論理の構成です。
検討(裁判例)
この問題については、以下に掲げる大阪地裁平成21年7月24日判決と東京地裁平成23年8月24日判決が参考になります。
いずれの判決も、区分所有法8条の責任を負う特定承継人は、民法148条の「承継人」にあたると解し、特定承継人の時効援用の主張を排斥しました。
民法148条の「承継人」にあたるかどうかがポイントです[注4][注5]。
<(1)大阪地裁平成21年7月24日判決より> 「原告は、平成14年4月26日、本件専有部分の元の区分所有者(共有者の1人)であるCに対し、平成4年1月分から平成13年12月分までの未払管理費等(管理費、積立金、上下水道料金、温水料金)とこれに対する約定利率による遅延損害金の支払を命ずる判決(大阪地方裁判所平成14年(ワ)第1003号。甲10)を得て、この判決が平成14年5月17日の経過により確定している(甲26)。したがって、平成14年の訴え提起から5年前までの支払期日の管理費等については、民法169条による定期給付債権の5年の短期消滅時効につき、不可分債務者の1人に対する請求により時効が中断し(民法147条1号、430条、434条)、5年以上前の支払期日の管理費等についても、元の区分所有者のCが消滅時効の援用をすることは、判決の既判力により許されないこととなった。 元の区分所有者の特定承継人として、区分所有法8条により、元の区分所有者の債務を履行する義務を負うことになった被告らは、債務の履行を確保するために同じ債務について履行責任を負う者を広げようとする同条の立法趣旨に照らし、民法148条により時効中断の効力が及ぶ承継人にあたると解すべきであり、かつ、民事訴訟法115条1項3号により確定判決の効力が及ぶ口頭弁論終結後の承継人にあたると解すべきである。そして、本件訴訟のうち後で提起された乙事件の訴え提起の日である平成20年12月5日までには、前記判決確定の日である平成14年5月18日から10年経っていないから(民法174条の2第1項)、元の区分所有者の口頭弁論終結後の承継人である被告らは、判決で確定した平成4年1月分から平成13年12月分までの未払管理費等(管理費、積立金、上下水道料金、温水料金)とこれに対する約定利率による遅延損害金について、消滅時効を援用することができない。 その後、平成16年6月16日、原告から本件マンションの管理業務の委託を受けている●ビルサービスが、元の区分所有者(共有者の1人)であるDに対し、平成4年1月分から平成16年6月分までの未払管理費等を請求したのに対し(甲11)、Dは、債務の存在を争わず(甲12)、かえって平成18年2月17日、Dの破産申立代理人であるE弁護士が、原告に対し、本件専有部分の管理費滞納分があることを認め債権調査票の作成を依頼している(甲13)。 この事実によれば、債権調査票の作成依頼にあたって管理費滞納分の内容を特定していないが、それ以前からの請求の経緯等も勘案すれば、その依頼をした平成18年2月17日には、Dは、包括的にその時点における一切の未払管理費等の債務を承認したものと認めるのが相当である。したがって、この債務承認により、上記確定判決によっても被告らが消滅時効を援用することができない平成13年12月分以前の管理費等についてDは改めて消滅時効の援用権を失うほか、平成14年1月分以降の管理費等及びこれに対する約定の遅延損害金についても、不可分債務者であるDによる債務の承認により(民法147条3号)、民法169条の5年の短期消滅時効が中断し、その承継人である被告らについても、時効中断の効力が及び、時効を援用することができないことになる。」 |
<(2)東京地裁平成23年8月24日判決より> 「本件支払督促は、民訴法396条により、『確定判決と同一の効力』を有する。そして、確定判決によって確定した権利については、時効期間は10年とされる(民法174条の2)ところ、本訴において原告が請求する水道料金及び滞納管理費等のうち被告が消滅時効を主張する平成15年1月22日以前に発生した分については、本件支払督促の対象とされているから、これらの債権については、時効期間は10年と解すべきであり、本件支払督促につき仮執行宣言のされた平成18年4月28日を起算点として上記10年の時効期間が改めて進行する。そして、被告は、平成22年4月28日に本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)から、本件においては、被告の主張する消滅時効は完成していないこととなる。 この点について、被告は、支払督促は、裁判所書記官が作成するものであって、民法174条の2の適用を受けない旨主張する。しかし、支払督促は、裁判所書記官の権限において作成されるものであるとはいえ、裁判所において公に権利の存在を明らかにするものであることから確定判決と同一の効力を有するものとされているのであり、民法174条の2の適用を否定することはできない。 また、被告は、特定承継人である被告との関係で、民法174条の2の適用を主張することができないとも主張する。そこで、この点について判断すると、本件督促は、民法147条1号にいう『請求』として、支払督促申請時に消滅時効が中断し、仮執行宣言時から改めて消滅時効が進行することは前記のとおりである。ところで、区分所有法8条は、同法7条に規定する債権の保護を強化する趣旨で、元の区分所有者の特定承継人に対して、債権を承継したのと同様の責任を認めようとするものであるから、区分所有法8条の責任を負う『特定承継人』は、民法148条の『承継人』に当たるものと解するのが相当である。そうすると、被告は、民法の上記規定により、同法147条による時効の中断の効力を争うことができないから、被告の上記主張も、理由がない。」 |
補足(共有者に対する請求について)
区分所有建物の1つの専有部分の区分所有権を共有する者(共有者)の管理費等支払債務については、下記東京地裁平成22年11月30日判決のように、不可分債務と解されています。
<東京地裁平成22年11月30日判決より> 「区分所有建物の1つの専有部分の区分所有権を共有する者らが管理組合に対して負担する管理費等の支払義務は、専有部分の財産的価値、利用価値の維持、向上という各持分権者が共同不可分に受ける利益を得るための費用負担であることに照らせば、管理規約においてこれと異なる定めをするなど特段の事情がない限り、金銭債務であっても不可分債務であると解するのが相当である。このように解しないと、区分所有権者がその区分所有権の一部を多数の者に譲渡したり、区分所有権者に相続が発生するなどして多数の者が区分所有権を共有する状態が生じたときに、管理組合が各持分権者に対してその持分に応じた金額を請求するのが困難になる一方で、持分権者相互には何らかの人的つながりがあるのが通常であるから、持分権者のうち1名が管理費等を全額支払い、他の持分権者に求償をすることは容易であると考えられるからである。」 |
不可分債務については、連帯債務に関する434条乃至440条の規定は準用されていません(430条・429条)[注6]。
そうすると、債務者の一人が履行したような場合(弁済の提供、供託、代物弁済など)を除き、他の債務者には影響を与えず(相対的効力)、すなわち不可分債務者の一人に対する「請求」も他の不可分債務者には効力を及ぼさないと解されます(434条参照)。
もちろん、一方の共有者(債務者)は、他方の共有者(債務者)の「承継人」(民法148条参照)でもありません。つまり、特定承継人に関する前記の論理もあてはまりません。
債権者(管理組合)が共有者(不可分債務者)各自に対して履行の請求をなし得たにもかかわらずそれを怠った、ということであれば、権利の上に眠っていたと評価される(当該不可分債務者から時効を援用される)こともありますので、この点は一応留意しておく必要があります。
(弁護士/平松英樹)