<連載第40回>
区分所有法7条1項の「先取特権」の登記について
2014/4/29
今回は、先取特権の登記について、登記手続きの専門家である司法書士の木藤正義先生にお話しを伺いましたので、その内容を簡単に紹介したいと思います。
以下、弁護士平松の質問に対して、司法書士の木藤先生にお答え頂きました。木藤先生のご協力に感謝いたします。
先取特権の登記の可否
Q まず、区分所有法7条1項[注1]で規定されている先取特権について、登記することは可能でしょうか?
木藤先生
可能です。但し、先取特権の登記申請を命じた給付判決でも得ない限りは、債権者と債務者の共同申請の形式を取る必要があります。
共同申請とは、登記権利者と登記義務者が互いに協力をして登記申請を行う手続きです。ここで登記権利者とは当該先取特権を有する債権者を、登記義務者とは債務者を指します[注2]。
Q 「共同申請」ということですが、具体的に債務者側に準備してもらう資料としてはどのようなものがありますか?
木藤先生
登記識別情報(又は登記済証)、登記原因証明情報、印鑑証明書が必要になります。登記を司法書士に委任する場合は債務者(区分所有者)の実印を押した委任状も必要になります。また、債務者が法人の場合は、資格証明書(代表者事項証明書など)も必要になります。
登記原因証明情報とは、法務局に対し当該先取特権の登記の発生原因を証明するために、事実の経過や発生原因などをまとめた書類となります。この書類に書かれた内容を証明するために、少なくとも債務者の署名捺印が必要となります[注3]。
登記識別情報(又は登記済証)とは従来「権利証」と呼ばれていたものです[注4]。
ご案内のとおり、管理費等を滞納していた債務者に対して、権利証や印鑑証明書の提出を求めることは大変困難が予想されます。よって、現実問題として、共同申請の形式で先取特権の登記をすることは、実現可能性が大変低いものと思われます。
Q 債権者側が準備すべき資料としてどのようなものがありますか?
木藤先生
登記を司法書士に委任する場合は債権者の印鑑(認印でも可)を押した委任状が必要になります。また、債権者が管理組合法人の場合は、資格証明書(代表者事項証明書など)も必要になります。
登記名義人等について
Q 非法人管理組合(権利能力なき社団)の名において、先取特権の登記をすることは可能でしょうか?
木藤先生
非法人管理組合(権利能力なき社団)の名において登記することは実務上不可能です。
区分所有者名、管理者名又は管理組合法人名において登記することになります。
Q 被担保債権の証明資料等は必要になりますか?
木藤先生
直接的な資料は法務局に提出をする必要はありません。なお、前述の登記原因証明情報には被担保債権を記載しておく必要があります。
抵当権設定登記とは異なり、一般の先取特権の場合は、利息や遅延損害金は登記事項ではありません。債権額のみが登記事項となり、ここでいう債権額とは、本来、元本のみを指します。
抵当権との優劣について
Q 区分所有法7条2項には「前項の先取特権は、優先権の順位及び効力については、共益費用の先取特権とみなす。」と規定されています[注1]。民法329条2項ただし書には「ただし、共益の費用の先取特権は、その利益を受けたすべての債権者に対して優先する効力を有する。」と規定されています[注5]。
抵当権が先に登記され、その後に区分所有法7条の先取特権が登記されたという前提のもとで、抵当権と区分所有法7条の先取特権は、「優先権の順位及び効力」として、どちらが優位すると思われますか?
木藤先生
区分所有法7条の先取特権は、優先権の順位及び効力については、共益費用の先取特権とみなされます。よって、一般の先取特権として民法第336条[注6]が適用されます。未登記の抵当権に対しては、一般の先取特権は優先します。しかし、商慣習上、抵当権設定契約の締結日に抵当権設定登記を申請することがほとんどですので、未登記の抵当権はあまり世の中に存在しません。一般の先取特権も先に登記を済ませることで、後に登記された抵当権に対抗することができます。
Q つまり抵当権との優劣は、登記の先後で決まるということでしょうか?
木藤先生
そうです。
さいごに(弁護士平松のあくまでも個人的な意見)
1 区分所有法7条の先取特権と抵当権との優劣
区分所有法7条の先取特権と抵当権との優劣に関しては、木藤先生のおっしゃるとおりだと思います。
民法329条2項ただし書の「共益の費用の先取特権」は、その利益を受けた債権者に対してのみ優先するものであり、結局、各債権者との関係で個別具体的に検討せざるを得ないはずです(民法307条2項参照)。
他方、区分所有法7条1項を前提とする先取特権の被担保債権は、「共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき他の区分所有者に対して有する債権又は規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して有する債権」ということなので、民法329条2項ただし書の「共益の費用の先取特権」とは概念的に区別されます。
区分所有法7条の先取特権(被担保債権)がそのまま抵当権者の利益となっているとは通常考えられません。
区分所有法7条の先取特権で担保される管理費等債権は、本来、共用部分等の維持管理のためのものであって、専有部分の保存工事費用ではありません。
2 区分所有法7条の先取特権と不動産保存の先取特権・不動産工事の先取特権[注7]との優劣
区分所有法7条の先取特権は、不動産保存の先取特権や不動産工事の先取特権より先に登記したとしても、後に登記された不動産保存の先取特権や不動産工事の先取特権には劣後するものと考えます。ちなみに、不動産保存・不動産工事の先取特権は、登記がなされない限りその効力を生じません。
この点、『我妻・有泉コンメンタール民法―総則・物権・債権―(第2版)』(日本評論社、2005年)528頁には、区分所有法7条の先取特権の方が、不動産保存の先取特権や不動産工事の先取特権に優先するかのような記載がありますが、なぜそのような記載になっているのかは疑問です。
そもそも、区分所有法7条1項の「先取特権」と民法上の「共益の費用の先取特権」とは実体法的に区別されるはずです。
区分所有法7条2項は、単に「優先権の順位及び効力」についてのみなし規定であって、区分所有法7条1項の先取特権を「すべての債権者に対して優先する先取特権」に変質させる規定ではないはずです。
そして、区分所有法7条1項の先取特権で担保される債権が、不動産保存の先取特権者や不動産工事の先取特権者の利益となっているとは考えられません(『林良平編 注釈民法(8)物権(3)初版』(有斐閣、昭和40年)199頁参照)。
結論として、区分所有法7条の先取特権が、登記された不動産保存の先取特権や不動産工事の先取特権に優先することはないと考えます。
(弁護士/平松英樹)