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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第52回>

管理費等債権を放棄するには区分所有者全員の同意が必要か?

2015/4/7

次のような問題提起については、かなり以前から議論されています。

「管理費等債権を放棄する場合、区分所有者全員の同意が必要か?それとも集会の決議で可能か?仮に集会の決議で可能な場合、特別決議が必要か?それとも普通決議で足りるか?管理組合法人の場合と非法人の管理組合の場合とで違いがあるか?」

本稿では、この議論について批判的な私見(あくまでも個人的な見解です)を述べることにします。

はじめに

まず、上記の問題については、『コンメンタールマンション標準管理規約』稻本洋之助・鎌野邦樹編著[日本評論社、2012年]213頁乃至215頁部分の記載が参考になります。同部分に記載されているように様々な見解が存在します。

しかしながら、私見としては、上記の問題提起それ自体がミスリードになっていると考えます。

そもそも上記問題提起で述べられている債権放棄の意義・内容が定かではありません。例えば、①単なる会計処理上の損金処理を指しているのか、②単に事実上、債権回収を諦めることを指しているのか、③もし実体法的に債権債務を消滅させる行為を指すというのであれば、それは具体的にどのような内容を指すのか、これらの前提によって結論は変わってくるはずです。

抽象的に議論すると誤解を招くおそれがあります。

本稿では、実際の事件を解決するためにやむを得ず行われることが多い「訴訟上の和解」を例に、現実論的解釈を述べることにします。

なお、私見としては、管理組合法人の場合と非法人管理組合の場合とで違いはないと考えています。また、そもそも区分所有法は民法の特別法にあたりますので、まずは区分所有法の規定を適用すべきと考えています。そのため、本稿では、民法264条・251条[注1]の適用・準用の話も出てきません。

現実論的解釈

まず、そもそも何の理由もなく管理費等の債権を放棄[注2]することなど考えられません。

管理組合としては管理費等債権を放棄せざるを得ない事情があるはずです。すなわち、それが結局は管理組合にとってプラスになるという判断があるはずです。ここでいうプラスとは、単なる計数上の経済的利益ではなく、実質的な意味での「共用部分の管理」のためのプラスの効果です。

実際に、管理組合としてプラスがあるという判断のもとに(円滑な共用部分管理に向けて)、当事者間で争いのある債権債務について、お互いに譲歩(債権者としては債務者の支払義務を一部免除する一方、債務者はその他の支払義務を履行する等)して、訴訟上の和解を成立させることが珍しくありません。

そして、このような和解によって、(債権者からみれば)当該債務者に対する債権の一部放棄の効果が生じる結果になります。

ちなみに、このような和解について実質的にみれば、一種の取引と考えることもできます。

では、上記のような「和解」を成立させる場合に必要な管理組合内部の意思決定(要件)をどのように考えるべきでしょうか?

ここでは、訴訟上の和解の法的性質論については無視し、私法上の和解契約の側面についてのみ検討します。

まず、管理組合として、共用部分の管理のための契約を締結することも、区分所有法3条[注3]の目的に反するものではないでしょう。もし、区分所有法3条の目的に反する行為であれば、そもそも(団体として)することができないと解されます。後述するとおり、団体の目的に反するような行為であれば区分所有者全員の合意が必要と解されます。

次に、共用部分の管理のための行為は、広義の管理に含まれると解されます。広義の管理には、狭義の管理(区分所有法18条1項本文)[注4]や変更(区分所有法17条1項)[注5]も含まれますが、形式的にいえば、上記のような和解契約は「共用部分の変更」のための行為にはあたらないでしょう。基本的には狭義の管理と同じように考えてよいでしょう。ただし、共用部分の変更に匹敵するような内容の契約または管理規約の趣旨(例えば、マンション標準管理規約(単棟型)27条〜29条[注6]参照)を没却するような内容の契約については特別決議を経るべきと考えます(区分所有法17条1項、区分所有法31条1項[注7]参照)。

さて、狭義の管理については、「規約で別段の定めをすることも妨げない」ので、仮に特別決議で決する旨の規約の定めがあればそれに従います。もし、理事会決定で決する旨の規約の定めがあればそれはそれで有効な規定でしょう。

では、規約に別段の定めがないときに、総会の普通決議をもって、この件(なお、このときの決議は具体的な事件を前提としています。)を理事会に一任した場合はどうでしょうか?

基本的にはそのような総会決議も有効と解してよいでしょう。

もちろん、不当な理事会決定については、理事の責任(善管注意義務違反)追及という問題に発展する可能性があります。理事会としては、共用部分の管理のために適切妥当な決定を下す必要があります。もし、その決定に不安があるのであれば、(その後のことを考えて)総会決議を経ておいた方がよいでしょう。

ちなみに、一旦成立した訴訟上の和解の効力が(規約の定めが無効、または普通決議では決することができないといった理由で)覆ることはないと考えます。

まとめ

そもそも、共用部分の管理にとってプラスにならない行為であれば、「建物並びにその敷地及び附属施設の管理」のための行為ということは難しいと思われます(区分所有法3条参照)。例えば、単なる金銭贈与のような場合、そもそも「建物並びにその敷地及び附属施設の管理」のための行為ということはできないでしょう。そのような行為については、団体の多数決によってすることはできないと解すべきであり、その意味で区分所有者全員の合意が必要になってくると考えられます。

債権放棄についてみても、単なる金銭贈与と同じように共用部分の管理にとって全くプラスにならないのであれば、団体の目的に反するものとみることができます。そのため、団体の多数決によってすることはできず、その意味で区分所有者全員の合意が必要になってくるでしょう。

結局、個別具体的な事実(認定される事実)をもとに、事案ごとに判断していかざるを得ません。

(弁護士/平松英樹)



バナースペース

注釈 NOTE

注1: 民法251条、民法264条
 (共有物の変更)
第二百五十一条 各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。
 (準共有)
第二百六十四条 この節の規定は、数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし、法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。

注2: 債権の放棄の意義
 民法519条は、「債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、その債権は、消滅する。」と規定しています。
 債権者が債務者に対し免除の意思表示をすることにより、債務者の債務は消滅します。
 これを債権者のほうからいえば債権の放棄ということになります。

注3: 区分所有法3条
 (区分所有者の団体)
第三条 区分所有者は、全員で、建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うための団体を構成し、この法律の定めるところにより、集会を開き、規約を定め、及び管理者を置くことができる。一部の区分所有者のみの共用に供されるべきことが明らかな共用部分(以下「一部共用部分」という。)をそれらの区分所有者が管理するときも、同様とする。

注4: 区分所有法18条
 (共用部分の管理)
第十八条 共用部分の管理に関する事項は、前条の場合を除いて、集会の決議で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
2 前項の規定は、規約で別段の定めをすることを妨げない。
3 前条第二項の規定は、第一項本文の場合に準用する。
4 共用部分につき損害保険契約をすることは、共用部分の管理に関する事項とみなす。

注5: 区分所有法17条
 (共用部分の変更)
第十七条 共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決する。ただし、この区分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。
2 前項の場合において、共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない。

注6: マンション標準管理規約(単棟型)27条〜29条
 (管理費)
第27条 管理費は、次の各号に掲げる通常の管理に要する経費に充当する。
 一 管理員人件費
 二 公租公課
 三 共用設備の保守維持費及び運転費
 四 備品費、通信費その他の事務費
 五 共用部分等に係る火災保険料その他の損害保険料
 六 経常的な補修費
 七 清掃費、消毒費及びごみ処理費
 八 委託業務費
 九 専門的知識を有する者の活用に要する費用
 十 地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成に要する費用
 十一 管理組合の運営に要する費用
 十二 その他敷地及び共用部分等の通常の管理に要する費用
 (修繕積立金)
第28条 管理組合は、各区分所有者が納入する修繕積立金を積み立てるものとし、積み立てた修繕積立金は、次の各号に掲げる特別の管理に要する経費に充当する場合に限って取り崩すことができる。
 一 一定年数の経過ごとに計画的に行う修繕
 二 不測の事故その他特別の事由により必要となる修繕
 三 敷地及び共用部分等の変更
 四 建物の建替えに係る合意形成に必要となる事項の調査
 五 その他敷地及び共用部分等の管理に関し、区分所有者全体の利益のために特別に必要となる管理
2 前項にかかわらず、区分所有法第62条第1項の建替え決議(以下「建替え決議」という。)又は建替えに関する区分所有者全員の合意の後であっても、マンションの建替えの円滑化等に関する法律(以下本項において「円滑化法」という。)第9条のマンション建替組合(以下「建替組合」という。)の設立の認可又は円滑化法第45条のマンション建替事業の認可までの間において、建物の建替えに係る計画又は設計等に必要がある場合には、その経費に充当するため、管理組合は、修繕積立金から管理組合の消滅時に建替え不参加者に帰属する修繕積立金相当額を除いた金額を限度として、修繕積立金を取り崩すことができる。
3 管理組合は、第1項各号の経費に充てるため借入れをしたときは、修繕積立金をもってその償還に充てることができる。
4 修繕積立金については、管理費とは区分して経理しなければならない。
 (使用料)
第29条 駐車場使用料その他の敷地及び共用部分等に係る使用料(以下「使用料」という。)は、それらの管理に要する費用に充てるほか、修繕積立金として積み立てる。

注7: 区分所有法31条
 (規約の設定、変更及び廃止)
 第三十一条 規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議によつてする。この場合において、規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない。
2 前条第二項に規定する事項についての区分所有者全員の規約の設定、変更又は廃止は、当該一部共用部分を共用すべき区分所有者の四分の一を超える者又はその議決権の四分の一を超える議決権を有する者が反対したときは、することができない。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。