<連載第56回>
一区分所有者から共用部分不当使用者に対する妨害排除請求権・不当利得返還請求権の行使について
2016/1/5
前回は、一区分所有者による保存行為を理由とした管理費等支払請求について考えてみました。
今回は、区分所有者の共有持分権という個人的権利に基づく妨害排除請求権や不当利得返還請求権の行使について、次のような事例をもとに検討してみましょう。
<事例> 私(X)は本件マンションの一区分所有者です。本件マンションの管理規約にて、外壁部分(共用部分)の一部について管理組合から使用を許可された区分所有者は看板を設置し、所定の使用料を管理組合に納入し使用することができると規定されています。 区分所有者Yは、管理組合の許可なく看板を設置し、無償で外壁部分(共用部分)を使用しています。 本来は、管理組合からYに対し、看板撤去を求め、使用料相当の金銭支払請求をなすべきなのに、今の管理組合はそれをしようとしません。 やむなく、私個人が、共用部分に有する共有持分権に基づき、Yを被告として、①物権的請求権(妨害排除請求権)としての看板撤去請求、②区分所有法19条を根拠としての共有持分割合の不当利得返還請求(金銭支払請求)の訴訟を提起したいと思います。 このような訴訟について認容判決を得ることはできるでしょうか? なお、本件マンションの管理規約は、上述した規定のほかは、概ね「マンション標準管理規約(単棟型)」に準拠しています。 |
物権的請求権の行使(妨害排除請求権)についての検討
本件マンションでは、管理組合から使用を許可された区分所有者は外壁部分(共用部分)に看板を設置できることになっています。
もし管理組合がYさんの使用を許可した場合は、Yさんの使用も適法なので、Xさんの請求が認容されることはないといえます。
では、管理組合が、Yさんの使用を許可していない場合はどうでしょうか。
民法の原則論に従うならば、共有者の共有持分権に基づく物権的請求権としての妨害排除請求権は認められそうです。
しかし、区分所有法の規律のもとでは、民法の原則論がそのまま妥当するものではありません。
この点に関しては様々な見解があり得るでしょうが、以下、私見を述べます。
まず、区分所有法12条は、「共用部分が区分所有者の全員又はその一部の共有に属する場合には、その共用部分の共有については、次条から第19条までに定めるところによる。」と規定しています。この規定は、民法の共有に関する規定(249条~262条)の適用を排除する趣旨のものと解されます(稻本洋之助・鎌野邦樹著『コンメンタールマンション区分所有法[第3版]』83頁(日本評論社、平27)参照)。
そして、区分所有法18条1項及び2項の規定[注1]は、共用部分の管理について、規約で別段の定めをすることを妨げないとしています。つまり、共用部分の管理を団体的規制に服させています。ちなみに、保存行為についても規約の定め(団体的規制)に服することになります。
そうだとすると、共用部分にかかる区分所有者の共有持分権の行使についても、団体的規制(区分所有法18条1項本文及び2項)が及ぶものと解すべきでしょう。
本件についてみると、規約により、「外壁部分(共用部分)の一部について管理組合から使用を許可された区分所有者は看板を設置」することができ、また「敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行うもの」(マンション標準管理規約(単棟型)第21条1項本文参照)とされています。このような規約の定めは、外壁部分(共用部分)にかかる各区分所有者の物権的請求権の自由な行使を認めない趣旨のものと解すべきでしょう。
そうすると、本件のXさんのYさんに対する物権的請求権の行使(妨害排除請求権)は認容されないものと思われます。
債権的請求権の行使(不当利得返還請求権)についての検討
本件マンションでは、外壁部分について管理組合から使用を許可された区分所有者は、所定の使用料を管理組合に納入し当該部分を使用できることになっています。
もし管理組合がYさんの使用を許可している場合には、看板使用料支払請求権は管理組合に総有的に帰属していると解されますので、この場合には、Xさんによる金銭(使用料等)支払請求が認容されることはないでしょう。
では、管理組合が、Yさんの使用を許可していない場合はどうでしょうか。
当該外壁部分(共用部分)についてXの使用を許可するかどうかは共用部分の管理(狭義の管理)に関する事項といえます。そして、その使用料に相当する金銭支払請求(不当利得返還請求等)も共用部分の管理に関する事項といえるでしょう。そうだとすると、使用料相当の金銭支払請求に関しても、集会の決議又は規約で定めることができるといえます(区分所有法18条1項本文及び2項)[注1]。
規約に定めがある場合、各区分所有者は、その規約の規定に服さなければなりません。
本件についてみると、外壁部分(共用部分)の使用者は「所定の使用料を管理組合に納入」するものとされており、また「敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行う」ものとされています。このような規約の定めは、外壁部分の不当使用にかかる不当利得返還請求についても、管理組合(区分所有者の団体)のみが行使できる趣旨のものと解すべきでしょう。つまり、一区分所有者が自らの権利行使として(不当利得返還請求権に基づいて)金銭支払を求めることはできない趣旨のものと解されます(最高裁平成27年9月18日判決参照)[注2]。
そうすると、本件のXさんのYさんに対する債権的請求権の行使(不当利得返還請求権)は認容されないものと思われます。
民法の原則論について
区分所有法の問題とは離れますが、民法の原則論を考える際に参考となる判例(最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決)を紹介しておきます。
この判決の事案は民法の共有に関する規定(民法249条[注3]や251条[注4])が適用されるものであって、区分所有法が適用される本件事例とは異なりますので注意が必要です。
<最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決の理由より抜粋(出典:ウエストロー・ジャパン)> 共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有物を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできると解するのが相当である。けだし、共有者は、自己の共有持分権に基づいて、共有物全部につきその持分に応じた使用収益をすることができるのであって(民法二四九条)、自己の共有持分権に対する侵害がある場合には、それが他の共有者によると第三者によるとを問わず、単独で共有物全部についての妨害排除請求をすることができ、既存の侵害状態を排除するために必要かつ相当な作為又は不作為を相手方に求めることができると解されるところ、共有物に変更を加える行為は、共有物の性状を物理的に変更することにより、他の共有者の共有持分権を侵害するものにほかならず、他の共有者の同意を得ない限りこれをすることが許されない(民法二五一条)からである。もっとも、共有物に変更を加える行為の具体的態様及びその程度と妨害排除によって相手方の受ける社会的経済的損失の重大性との対比等に照らし、あるいは、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求をすることが権利の濫用に当たるなど、その請求が許されない場合もあることはいうまでもない。 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件土地は、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、畑として利用されていたが、被上告人は、本件土地に土砂を搬入して地ならしをする宅地造成工事を行って、これを非農地化したというのであるから、被上告人の右行為は、共有物たる本件土地に変更を加えるものであって、他の共有者の同意を得ない限り、これをすることができないというべきところ、本件において、被上告人が右工事を行うにつき他の共有者の同意を得たことの主張立証はない。そうすると、上告人は、本件土地の共有持分権に基づき、被上告人に対し、右工事の差止めを求めることができるほか、右工事の終了後であっても、本件土地に搬入された土砂の範囲の特定及びその撤去が可能であるときには、上告人の本件請求が権利濫用に当たるなどの特段の事情がない限り、原則として、本件土地に搬入された土砂の撤去を求めることができるというべきである。 |
(弁護士/平松英樹)