エレベーターの安全装置はなぜ普及しないか?
2012/11/13
2012年10月、石川県金沢市のアパホテル金沢駅前に設置されたエレベーターで戸開走行による死亡事故が発生し、エレベーターの安全性確保への関心がふたたび高まっています。国土交通省は11月6日、戸開走行保護装置の必要性を周知しその設置を促進するとともに、戸開走行保護装置設置済みマークの活用により、利用者等へエレベーターの安全性に関する情報の提供が促進されるよう、全国の自治体やマンション管理の関係団体に文書で通知しました。
扉が開いたままカゴが動きだしたため乗降者が挟まれて死亡する事故は、2006年に東京都港区のマンションのエレベーターで発生し、建築基準法施行例の改正につながる社会問題となりました。この改正により、2009年9月28日以降に新規設置されたエレベーターは、戸開走行保護装置の設置が義務づけられています。
しかし、既設エレベーターについては、既存不適格の指摘を受けるだけで義務づけされていないことから、戸開走行保護装置の設置が進んでいません。
安全装置普及を阻害する要因
国土交通省の社会資本整備審議会では、2011年8月に建築分科会建築物等事故・災害対策部会がにまとめた報告書「既設エレベーターの安全性確保に向けて」を公表し、次のような戸開走行保護装置普及の阻害要因を指摘しています。
1.費用
一般的に戸開走行保護装置を後付けしようとすると高い費用が必要(巻上機の交換に500万円以上、制御装置も交換するとさらに費用・工期の追加が必要)
2.工期
制御装置関係の改修工事には1週間程度、巻上機を交換すると2週間程度の工期が必要となり、顧客ニーズに合わない
3.行政手続き
戸開走行保護装置を設置する際の行政上の取り扱いが不明確(建築確認・検査等)
4.既存不適格
戸開走行保護装置のみを設置したとしても、その他の既存不適格事項も改修されなければ引き続き既存不適格に変わりないため、戸開走行保護装置の設置の効果を説明しづらい
5.大臣認定制度
既認定品の仕様書の記載事項についての軽微な変更が生じた場合に簡易に大臣認定の追加取得ができるしくみがない
6.所有者等の意識
所有者等の多くが、戸開走行保護装置の設置の必要性を感じていない
7.建築物の用途に応じた特性
分譲マンション、賃貸マンション、公的建築物、商業施設等の建築物の用途に応じて上記阻害要因にも異なる特性が見受けられる
同報告書では、このほか、より経済性に優れた戸開走行保護装置の開発促進のほか、新たなマーク表示による既存不適格事項解消に向けた推進、マンション長期修繕計画等への盛り込みなどが提言されました。
エレベーター安全装置設置済みのマーク表示については、任意制度の運用が2012年8月に開始されました。しかし、大臣認定制度の改善や新技術・製品の開発などの環境整備に変化はなく、今後の課題として積み残されているのが現状といえます。
後付け可能な安全装置等の開発が不可欠
現在のところ、戸開走行に関する既存不適格を改善するためには、多くの場合、巻上機や制御装置の交換を伴う全面リニューアルに近い改修工事を行う必要があります。
一方、一般にエレベーターの耐用年数は25年程度とされ、多くのマンションでは長期修繕計画に従ってエレベーターのリニューアル工事を実施しています。法令が改正されたからといって、工事の実施時期を簡単に前倒しすることは困難です。
また、リニューアル実施済みのマンションでは、既存設備を利用した後付け工事が可能な、廉価な安全装置・システムが市場に投入されない限り、戸開走行保護装置の設置を前向きに検討することは難しいといわざるを得ません。
既設エレベーターの戸開走行保護装置設置を積極的に促進するためには、エレベーター設置者や関連業者による自助努力だけでなく、国・地方自治体等による早急な環境整備が不可欠といえるでしょう。
(マンション管理士/波形昭彦)