理事長に「過料」が課せられるプロセス
2013/5/28
読者の皆様は、「区分所有法」という法律を当然ご存知かと思います。もちろん、中身は知らなくとも区分所有法は分譲マンションに関する基本的な法律で、重要な規定が書かれているのだろうということはなんとなく、想像がつくことと思います。
さて、その区分所有法には、最後の方に「罰則」があります。これは、例えば、集会を開いて議事録を作成しなかったとか、規約を保管しなかったとか、規約の閲覧請求があったのに見せないとか、そういった法律で指定した状況の場合に、管理者(理事長さんや議長さん)が罰せられるという条文です。
さて、ここからはやや専門的になりますが、区分所有法に罰則があるということまでは、知っている専門家やマンション管理業の方は多くいらっしゃるでしょう。しかし、どういうプロセスを経て記載された罰則である「過料」が理事長や議長に課せられるのかまでも知っている専門家は非常に少ないのです。ここでは、その過料が課せられるまでのプロセスを解説します。
財産目録を作成しない理事長
区分所有法の罰則について訴えを提起することを非訟事件(ひしょうじけん)と言います。なかなか聞きなれないと思いますが、簡単にいえば、民事の争いで、形式ばった「訴訟」という手続きを経なくてもよいと裁判所が認め、簡易な手続きで処理する事件を言います。関係する法律としては、「民事訴訟法」は聞いたことがあると思いますが、ここでは「非訟事件手続法」というあまり聞いたことのない法律でカバーされています。
具体的な事例を挙げてみましょう。実例はさすがにまずいので、フィクションとします。あるマンション管理組合法人で、ある住民が「区分所有法上、財産目録を作成しないといけないと記載されているが、作っているのか?」と質問したところ、「作っていません」と答えた理事長。その住民は、その日から、再三にわたって作成せよと請求するも、理事長は無視し続けました。業を煮やした住民は、地方裁判所に、過料を請求しました。
このような事件があったとして順を追って、プロセスを見てみましょう。区分所有法第48条の2には、管理組合法人は「財産目録を作成しなければならない」とあります[注1]。そして、区分所有法第71条1項六号には、「財産目録を作成しない」ときは「20万円以下の過料に処する」と記載されています[注2]。そして、理事長は、財産目録を作成していませんから、この条文に抵触します。
非訟事件手続法第119条〜122条
この事件に関する条文は、非訟事件手続法の第五編「過料事件」(第119条〜第122条)にあります。短いので、全文を引用してみましょう。
(管轄裁判所)
第百十九条 過料事件(過料についての裁判の手続に係る非訟事件をいう。)は、他の法令に特別の定めがある場合を除き、当事者(過料の裁判がされた場合において、その裁判を受ける者となる者をいう。以下この編において同じ。)の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に属する。
(過料についての裁判等)
第百二十条 過料についての裁判には、理由を付さなければならない。
2 裁判所は、過料についての裁判をするに当たっては、あらかじめ、検察官の意見を聴くとともに、当事者の陳述を聴かなければならない。
3 過料についての裁判に対しては、当事者及び検察官に限り、即時抗告をすることができる。この場合において、当該即時抗告が過料の裁判に対するものであるときは、執行停止の効力を有する。
4 過料についての裁判の手続(その抗告審における手続を含む。次項において同じ。)に要する手続費用は、過料の裁判をした場合にあっては当該裁判を受けた者の負担とし、その他の場合にあっては国庫の負担とする。
5 過料の裁判に対して当事者から第三項の即時抗告があった場合において、抗告裁判所が当該即時抗告を理由があると認めて原裁判を取り消して更に過料についての裁判をしたときは、前項の規定にかかわらず、過料についての裁判の手続に要する手続費用は、国庫の負担とする。
(過料の裁判の執行)
第百二十一条 過料の裁判は、検察官の命令で執行する。この命令は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。
2 過料の裁判の執行は、民事執行法(昭和五十四年法律第四号)その他強制執行の手続に関する法令の規定に従ってする。ただし、執行をする前に裁判の送達をすることを要しない。
3 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第五百七条の規定は、過料の裁判の執行について準用する。
4 過料の裁判の執行があった後に当該裁判(以下この項において「原裁判」という。)に対して前条第三項の即時抗告があった場合において、抗告裁判所が当該即時抗告を理由があると認めて原裁判を取り消して更に過料の裁判をしたときは、その金額の限度において当該過料の裁判の執行があったものとみなす。この場合において、原裁判の執行によって得た金額が当該過料の金額を超えるときは、その超過額は、これを還付しなければならない。
(略式手続)
第百二十二条 裁判所は、第百二十条第二項の規定にかかわらず、相当と認めるときは、当事者の陳述を聴かないで過料についての裁判をすることができる。
2 前項の裁判に対しては、当事者及び検察官は、当該裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内に、当該裁判をした裁判所に異議の申立てをすることができる。この場合において、当該異議の申立てが過料の裁判に対するものであるときは、執行停止の効力を有する。
3 前項の異議の申立ては、次項の裁判があるまで、取り下げることができる。この場合において、当該異議の申立ては、遡ってその効力を失う。
4 適法な異議の申立てがあったときは、裁判所は、当事者の陳述を聴いて、更に過料についての裁判をしなければならない。
5 前項の規定によってすべき裁判が第一項の裁判と符合するときは、裁判所は、同項の裁判を認可しなければならない。ただし、同項の裁判の手続が法律に違反したものであるときは、この限りでない。
6 前項の規定により第一項の裁判を認可する場合を除き、第四項の規定によってすべき裁判においては、第一項の裁判を取り消さなければならない。
7 第百二十条第五項の規定は、第一項の規定による過料の裁判に対して当事者から第二項の異議の申立てがあった場合において、前項の規定により当該裁判を取り消して第四項の規定により更に過料についての裁判をしたときについて準用する。
8 前条第四項の規定は、第一項の規定による過料の裁判の執行があった後に当該裁判に対して第二項の異議の申立てがあった場合において、第六項の規定により当該裁判を取り消して第四項の規定により更に過料の裁判をしたときについて準用する。
とあります。具体的なプロセスを順を追ってみていきます。
非訟事件の乱用は禁物
住民は、その過料を受けさせたい相手(ここでは理事長)の住所地を管轄する地方裁判所に「過料事件に関する通知書」を出します。持っていっても郵便でも構いません。
管轄の裁判所は、過料に処せられるべき者の住所地の地方裁判所です。ちなみに裁判の費用はなんと無料です。切手代もいりません。
通知がなされると、裁判所の職権で事件が開始します。
次に、裁判所側で、検察官に意見を聴き、当事者を呼んで事情を聴きます。一般人であれば裁判所に呼ばれただけで、嫌な気持ちになりますね。この住民さんとしてはそれで満足かもしれません。(嫌がらせで非訟事件をやってはいけません!)
そして、過料の裁判がされて、結果が出ます。理事長は、この結果に不服の場合には、即時抗告を一週間以内にすることができます。しないと確定します。
いくら支払いなさい、とされた場合には、国に納付するわけですが、交通事故などと違い前科はつきません。前科がつくのは「科料」の場合です。字が違いますが、音が同じですので気をつけましょう。
科料の場合は刑罰ですが、過料は刑罰ではなく、「秩序を乱しましたね」として課せられるもので、「区分所有法を守らなければならないのだな」と暗に拘束しているものです。
支払わないと、検察官が強制執行します。給料を差し押さえたり、マンションを売りに出してしまうかもしれません。
このような流れで進んでいきます。
また、通知をした住民は、この事件にかかわることができません。結果も知らされなければ、進捗も知らされません。ですから、理事長がいつ裁判所に呼ばれ、どのようなプロセスで過料に処せられたか、あるいは処せられなかったか、知らずに進んでいきます。
このように、過料事件については、マンションの基本法である区分所有法の一部ですので、マンションの専門家としてアドバイスする際には、どのように進んでいって「過料に処する」こととなるのかについても知らなければならないと私は思います。
けれど、よほど管理者がひどい場合でなければ、あまり活用(乱用)しない方が良いかと思います。数度ある住民のために指南して行ったところ、風の便りで理事長が裁判所に呼ばれたというケースを聞きましたが、誰もやりたくて理事長をやっているわけではない以上、やはり話し合いで解決させることがマンション管理士の業務であると思っております。
(マンション管理士/戸部素尚)