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弁護士平松英樹のマンション管理論

<連載第29回>

総会決議を経ていない緊急工事の費用負担について

2013/11/5

本連載の第27回において、駐車場の維持管理を巡るトラブルについて述べました。

今回は、次のような事例(ケース)をもとに、総会決議を経ていない緊急工事の費用負担について考えてみましょう。

事例
<前提事実>

 Yマンション共用部分の地下駐車場には、雨水等を排水するためのポンプ(以下「揚水ポンプ」といいます。)が設置されていた。
 某日、地下駐車場区画bPのところに設置されていた揚水ポンプが故障しており交換が必要な状態であることが判明した。仮にその状態のまま大雨に見舞われると、当該駐車場に雨水が貯留して駐車車両が水没する可能性もあった。
 そこで、上記駐車場区画bPの使用権者である区分所有者Bは、Y管理組合の理事長(管理者)Aに対して、当該揚水ポンプの交換工事の実施を要請した。

<ケース1>

 Aは、理事会の決定を経て、Y管理組合理事長の名で、工事業者Xに揚水ポンプ交換工事を工事代金50万円で発注した。
 交換工事完了後、XがY管理組合に工事代金を請求したところ、Y管理組合は、「当該工事については管理組合の総会決議を経ていないこと、当期の支出予算に今回の費用相当額が計上されていないこと」を理由に支払いを拒んでいる。

<ケース2>

 Aは「3か月後に開催予定の総会の決議を経てから工事を実施する」と述べて、揚水ポンプ交換工事を実施しようとしないため、Bは、自らの名で、工事業者Xに揚水ポンプ交換工事を工事代金50万円で発注した。その後、Y管理組合は、「Bが勝手に工事を実施した」として、工事費用を負担しない旨の決議をした。

はじめに

ケース1もケース2も、Y管理組合(団体)が、揚水ポンプ交換工事費用を負担しようとしないためトラブルになっています。

まず、工事業者Xは、契約の当事者すなわち請負工事の発注者に対して、工事代金の支払を請求します [注1]。

以下、ケース1とケース2をそれぞれ検討してみましょう。

なお、Y管理組合においては標準的な管理規約が設定されているという前提で検討します。

ケース1の場合

1 原則論

ケース1の場合、AはY管理組合の代表者であり、区分所有法に定める管理者です[注2]。

Aは「Y管理組合理事長A」という名でX(工事業者)に本件工事を発注しています。そうすると、本件請負工事の発注者は「Y管理組合(団体)」とみるべきです(区分所有法26条1項、2項参照)[注3]。したがって、基本的には、Y管理組合(団体)が工事代金を支払うべきといえます。

2 Y管理組合の言い分について

Y管理組合は「当該工事については管理組合の総会決議を経ていないこと、当期の支出予算に今回の費用相当額が計上されていないこと」を理由に支払いを拒んでいます。

仮に、このような内部的な問題でXのYに対する請求が認められないことになると、取引の安全が害されてしまいます。区分所有法26条3項においても「管理者の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない」と規定されています[注3]。

通常、X(工事業者)は、Y(団体)内部の事情を知らないでしょうから、その場合、Yは工事代金の支払いを拒むことはできません。

ちなみに、本件において、そもそもA(理事長)による本件工事の発注行為が制限されていたといえるかどうかも疑問です。その点はひとまず措き、仮に本件発注行為が制限されており、そのことをX(工事業者)が知っていたとすれば、XからYに対する請負契約に基づく代金支払請求は認められないでしょう。ただし、その場合でも、Xは、Yに対して、事務管理費用償還請求[注4]や不当利得返還請求[注5]に基づき金銭の支払を求めてくるでしょう。場合によっては、Aに対して損害賠償金の支払を求めてくるでしょう。

ちなみに、Aによる本件発注行為が制限されていたとしても、その後、Y管理組合がこの発注行為を追認(承認決議)することは可能ですし、そのような処理をすればトラブルが大きくならずに済むでしょう。

ケース2の場合

1 原則論

ケース2の場合、Bは自己の名で工事を発注しています。したがって、原則として、XはBに対して工事代金の支払を求め、Bはこれを支払うべきことになるでしょう。

2 Y管理組合側の言い分について

本件のY管理組合は、「Bが勝手に工事を実施した」として、工事費用を負担する意思がない旨を明らかにしています。

ちなみに、Y管理組合の管理規約においては「敷地及び共用部分等の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行う」(標準管理規約第21条1項本文参照)とされており、共用部分の保存行為についても管理組合がその責任と負担でこれを行うとされていることから、一区分所有者による「保存行為」が簡単に肯定されるものではありません。

ただし、Bとしては、自ら支出した工事費用相当額について、Y管理組合に請求したいと考えるでしょう。

そこで、例えばY管理組合がBに対して揚水ポンプ交換工事の実施義務を負っているといえるならば(本連載第27回の注3参照)、Bは、Y管理組合に対し、賃貸借契約に基づく必要費償還請求(民法608条1項)として金銭支払を求めることが考えられます。また、仮に契約責任が問えないとしても、事務管理費用償還請求[注4]や不当利得返還請求[注5]に基づき金銭支払を求めることが考えられます。

さいごに

本件の揚水ポンプ交換工事が必要不可欠(かつ費用も相当)な工事であったとすれば、ケース1及びケース2のいずれの場合も、最終的にはY管理組合がその工事費用相当額を負担することになるはずです。

そうであれば、(無益なトラブルや迂遠な求償関係を回避するべく)最初からY管理組合(団体)内部で妥当な結論(決定)を下した方がよかったといえます。

(弁護士/平松英樹)



バナースペース

注釈 NOTE

注1: 民法632条〜633条について

(請負)
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(報酬の支払時期)
第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。

注2: マンション標準管理規約(単棟型)第38条について

(理事長)
第38条 理事長は、管理組合を代表し、その業務を統括するほか、次の各号に掲げる業務を遂行する。
 一 規約、使用細則等又は総会若しくは理事会の決議により、理事長の職務として定められた事項
 二 理事会の承認を得て、職員を採用し、又は解雇すること。
2 理事長は、区分所有法に定める管理者とする。
3 理事長は、通常総会において、組合員に対し、前会計年度における管理組合の業務の執行に関する報告をしなければならない。
4 理事長は、理事会の承認を受けて、他の理事に、その職務の一部を委任することができる。

注3: 区分所有法26条について

(権限)
第二十六条 管理者は、共用部分並びに第二十一条に規定する場合における当該建物の敷地及び附属施設(次項及び第四十七条第六項において「共用部分等」という。)を保存し、集会の決議を実行し、並びに規約で定めた行為をする権利を有し、義務を負う。
2 管理者は、その職務に関し、区分所有者を代理する。第十八条第四項(第二十一条において準用する場合を含む。)の規定による損害保険契約に基づく保険金額並びに共用部分等について生じた損害賠償金及び不当利得による返還金の請求及び受領についても、同様とする。
3 管理者の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
4 管理者は、規約又は集会の決議により、その職務(第二項後段に規定する事項を含む。)に関し、区分所有者のために、原告又は被告となることができる。
5 管理者は、前項の規約により原告又は被告となつたときは、遅滞なく、区分所有者にその旨を通知しなければならない。この場合には、第三十五条第二項から第四項までの規定を準用する。

注4: 民法697条〜702条について

(事務管理)
第六百九十七条 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
2 管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。
(緊急事務管理)
第六百九十八条 管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
(管理者の通知義務)
第六百九十九条 管理者は、事務管理を始めたことを遅滞なく本人に通知しなければならない。ただし、本人が既にこれを知っているときは、この限りでない。
(管理者による事務管理の継続)
第七百条 管理者は、本人又はその相続人若しくは法定代理人が管理をすることができるに至るまで、事務管理を継続しなければならない。ただし、事務管理の継続が本人の意思に反し、又は本人に不利であることが明らかであるときは、この限りでない。
(委任の規定の準用)
第七百一条 第六百四十五条から第六百四十七条までの規定は、事務管理について準用する。
(管理者による費用の償還請求等)
第七百二条 管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。
2 第六百五十条第二項の規定は、管理者が本人のために有益な債務を負担した場合について準用する。
3 管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、前二項の規定を適用する。

注5: 民法703条について

(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

筆者紹介 PROFILE

平松英樹(ひらまつ・ひでき)

弁護士、マンション管理士。1968年(昭和43年)生まれ、1991年(平成3年)年早稲田大学政治経済学部卒業。不動産管理会社勤務を経て弁護士登録(東京弁護士会)。EMG総合法律事務所(東京都中央区京橋1丁目14番5号土屋ビル4階)、首都圏マンション管理士会などに所属。マンション管理、不動産取引・賃貸借(借地借家)問題を中心とした不動産法務を専門とし、マンション管理、不動産販売・賃貸管理、建築請負会社等の顧問先に対するリーガルサービスに定評がある。実務担当者を対象とする講演、執筆等の実績多数。著書に『わかりやすいマンション管理組合・管理会社のためのマンション標準管理規約改正の概要とポイント』(住宅新報社)ほか。