<連載第50回>
マンション駐車場の維持管理を巡るトラブル
(管理会社の責任論)
2015/1/6
はじめに
今回は、マンション駐車場の維持管理を巡るトラブルについて考えてみましょう。本連載第27回の続編となります。
本連載第27回では、区分所有者から管理組合に対する損害賠償請求について検討しました。
今回は、後記二つの異なる設例をもとに、区分所有者から管理会社に対する損害賠償請求について検討してみましょう。
なお、通常、区分所有者と管理会社との間に直接の契約関係はなく、そのため区分所有者から管理会社に対する「債務不履行に基づく損害賠償請求」は難しいと思われます。
そこで、本稿では、「不法行為に基づく損害賠償請求」をメインテーマとして検討します。
また、本稿では責任論についてのみ焦点を当てることとし、損害論は割愛します。
設例について
前提(共通) Y(管理組合)は、X(区分所有者)に対し、XY間の駐車場使用契約に基づき地下駐車場を使用させていた。なお、Y(管理組合)は、Z(管理会社)に対しマンション管理業務を委託している。 |
設例1 Xが使用していた駐車場区画(以下「本件区画」といいます。)の上層階も屋内駐車場となっている。東京地方に雪が降った日に本件区画の上層階の駐車場に出入りする車両に堆積付着して持ち込まれた雪が溶け、本件区画の天井から染み出して水滴となってXの車両に落下した。なお、本件区画の天井部分に防水加工(措置)はなされていない。 Xは、Y及びZに対し、共同不法行為責任に基づく損害賠償を請求したい。 |
設例2 Xは、Yマンションの機械式駐車場の地下ピット(以下「本件駐車場」といいます。)に自己所有の自動車を駐車していたところ、台風による本件駐車場浸水事故(以下「本件事故」といいます。)により本件自動車を廃車とせざるを得なくなった。なおZ(管理会社)は、Y(管理組合)との間で、遠隔管理業務契約を締結した上、機械式駐車場排水槽満水警報の発報があった場合には、警備業法で設定された時間(25分)内にパトロール員を派遣し、必要と認める措置を執ることを約し、Yマンションの入居者に対しては、入居説明の際に、このような24時間の監視により異常に備えているとして、安心感を与えていた。 本件事故に関し、Xは、Z(管理会社)に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求したい。 |
上記設例1は、東京地裁平成26年6月27日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)の事案を参考としています。
また、上記設例2は、東京地裁平成25年2月28日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)の事案を参考としています。。
管理会社の工作物責任について
最初に、管理会社の工作物責任について簡単に触れておきます。
民法717条1項[注1]の工作物等の責任を負う「占有者」とは、工作物を事実上支配し、独自の権限に基づいて、その瑕疵を補修し得て、損害の発生を防止し得る関係にある者を指すと解されています(東京地裁平成26年6月27日判決参照)。
管理会社は、通常、管理組合から、駐車場の保守管理を受託しているに過ぎず、仮に駐車場の設置又は保存に瑕疵があったとしても、管理会社が独自の判断で補修できるような立場にありません。
したがって、通常、管理会社を民法717条1項の「占有者」とみることは困難です。
そこで、被害者(X)としては、管理会社(Z)に対し、不法行為(民法709条)[注2]または管理組合(Y)との共同不法行為(民法719条)[注3]に基づく損害賠償請求を検討することになるでしょう。
設例1について
設例1の場合、たしかに工作物責任(民法717条1項の「設置又は保存の瑕疵」の存否)も問題となります([注4]参照)が、前述したとおり、仮に「瑕疵」が認められたとしても、管理会社の工作物責任(占有者としての責任)を認めることは困難です。
YないしZに注意義務違反行為(すなわ民法709条の要件)があり、その行為の共同(ないし教唆・幇助)があるのであれば、共同不法行為責任が認められる可能性はあります。
そこで、YないしZの注意義務の内容及び義務違反の有無が問題となります。
ところで、不法行為の加害者において要求される注意義務の具体的内容は、背景事実(例えば被害者との関係性等)によって変わってくるものと思われます。
加害者及び被害者との間に特別の関係(特別の信頼関係)が存在すれば、その関係に基づいた信義則上の注意義務が認められることもあるでしょう(最高裁平成17年9月16日第二小法廷判決参照)[注5]。
つまり、不法行為法上「違法」な行為と評価されるかどうかは、その背景に存在する個別具体的な事実関係よって左右されるといえます。
そこで、ここでは、実際の裁判例(東京地裁平成26年6月27日判決)をみることにします。
東京地裁平成26年6月27日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)の裁判所の判断部分(抜粋)は次のとおりです。
(1) 本件において、被告管理組合は本件規約に基づき、被告管理会社は本件管理組合との委託契約に基づき、本件駐車場を管理する義務を負うところ、本件駐車場には駄目穴が存在し、駄目穴から漏水した水は、コンクリート等に含まれる化学物質を含有し、これが付着して放置されると染みを生じさせるおそれがあるから、被告らは、本件駐車場の漏水の原因を把握した上で、駄目穴のある天井下の区画の駐車場の使用権限を有する者に対し、車両に直接水が掛からないようシートを掛けるなどの対策を促す義務があるというべきである。 (2) 前記1(1)のとおり、被告管理組合は、平成10年頃から、本件駐車場の利用者に対し、入場の際の除雪を求める看板を設置したこと、度々、降雪時に漏水し、駐車中の自動車の車両を汚すという被害が生じたことから、平成14年頃から車両所有者各自でシートを掛けることを促す注意喚起文書を本件駐車場の入口に掲示したりしていたこと、被告管理組合は、平成16年及び平成17年開催の理事会において、車両所有者各自でシートを掛けるよう注意喚起し、その旨、理事会議事録に記載し、これを本件建物の区分所有者に配布したこと、被告管理組合は、平成16年頃、本件駐車場の漏水について原因及び改修工事の要否等を検討したこと、被告管理会社は、平成22年頃以降、降雪時には、1階ロータリー付近に除雪のための高圧ホースを用意したこと、被告管理会社は、平成23年1月15日開催の被告管理組合の理事会において、自動車の屋根に雪を乗せたまま入場し、下階に漏水させることのないよう、駐車場利用者に対し、案内文書を配付することを提案し、被告管理組合はこれを行うこととしたことなどが認められる。 以上の事実を前提とすると、被告らは、本件駐車場において漏水が生じないよう一定程度の注意義務を果たしていたというべきであるが、度々、漏水事故が生じていたことや本件漏水後の被告らの対応に鑑みれば、本件駐車場の漏水の原因が駄目穴にある可能性を把握した上で、駄目穴のある天井の下の区画の使用権限を有する者に対し、特にシートを掛けたり、駄目穴のない区画に車両を移動させたりするなどの注意喚起をすることができたのにこれをしなかったといえ、本件駐車場を管理する者として、果たすべき注意義務を尽くさなかったと認めるのが相当である。 なお、除雪を徹底することや車両にシートを掛けることで、駄目穴からの漏水被害を防ぐことができることや、費用と効果の観点等に鑑みれば、被告らに本件駄目穴について防水処理をする義務があるとは認められないから、この点について注意義務違反を認めることはできない。 |
設例1のまとめ
上記判決は、「被告らは、本件駐車場の漏水の原因を把握した上で、駄目穴のある天井下の区画の駐車場の使用権限を有する者に対し、車両に直接水が掛からないようシートを掛けるなどの対策を促す義務があるというべきである」と説示していますので、仮に注意義務違反行為と損害との間に因果関係が肯定されると、Zは損害賠償義務を負う可能性が高まります。
ただ、上記判決は、損害の有無の判断において、「各染みについて修理の必要性が認められず、本件漏水により、金銭的な賠償をすべき損害が生じたとまでは認められない。」、「これまでの本件駐車場で生じた漏水被害は、速やかな拭き取りや洗浄剤等を使用した通常の洗浄により、概ね除去することができていたのであるから、前記各支出があったとしても本件漏水によって生じた染みとの相当因果関係が認められない」などとして、「被告らに本件駐車場の管理に関する注意義務違反が認められるものの、賠償すべき損害が生じたとは認められない」と結論付け、最終的に原告の請求を棄却しています。
上記判決では、最終的に請求棄却となっていますが、仮に損害や因果関係が認められていれば、どのような結論になったか定かではありません。
設例2について
設例2の場合も、Zの注意義務の内容とその義務違反の有無が問題となります。繰り返しますが、注意義務の具体的内容は背景事実によって変わってきますので、結局はケースバイケースとなります。
そこで、ここでも実際の裁判例(東京地裁平成25年2月28日判決)をみることにします。この判決は、管理会社にとってはかなり厳しいものとなっています。
要約すると、①Z管理会社は、Y管理組合との間で、遠隔管理業務契約を締結した上、機械式駐車場排水槽満水警報の発報があった場合には、警備業法で設定された時間(25分)内にパトロール員を派遣し、必要と認める措置を執ることを約していたということ、そして②Yマンションの入居者に対しては、入居説明の際に、このような24時間の監視により異常に備えているとして安心感を与えていたことから、X(区分所有者)との関係でも上記契約に定められている緊急出動義務を負っていたというべきであると判断されています。
この点に関する東京地裁平成25年2月28日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)の裁判所の判断部分(抜粋)は次のとおりです。
ア 前提事実(3)ア及びイのとおり、被告は、本件管理組合との間で、本件遠隔管理業務契約を締結した上、機械式駐車場排水槽満水警報の発報があった場合には、警備業法で設定された時間(25分)内にパトロール員を派遣し、必要と認める措置を執ることを約し、本件マンションの入居者に対しては、入居説明の際に、このような24時間の監視により異常に備えているとして、安心感を与えていたのであるから、本件マンションの入居者との関係でも、上記の契約のとおり緊急出動義務を負っていたというべきで、故意、過失によりこの義務に違反して入居者に損害を発生させた場合には、不法行為責任を負うというべきである。 イ ところが、上記(1)エのとおり、被告の履行補助者である警備会社の要員は、上記契約に違反して、1時間5分後になってようやく本件マンションに到着したのであり、その間に本件駐車場が冠水して、本件自動車が水没した。上記(1)オのとおり、本件事故当日は、14時29分から15時36分までの間に8件の発報があったとはいえ、上記(1)イのとおり、前回事故の後、約6年間の間に本件事故の日より多い1日の降雨量の日が6日あり、1時間の最大降雨量も多かった日は3日あったにもかかわらず事故が発生しなかったのは、上記(1)イのように、掲示板の警告や、土嚢を積むなどの対応が取られた結果であると考えられ、本件事故の際にも、朝の時点で警告の掲示を行ってあらかじめ事故を防止したり、満水警報の発報があった時点で、過去に冠水被害のあった本件マンションを優先してより早く現場に到着し、土嚢を積んだり、機械式駐車場の本件自動車を引き上げるなどの対策を講じれば、本件事故は防げたと解される(なお、被告の城東支店では、約350棟のマンションを管理しているが、冠水事故は極めてまれで、本件事故の前の約10年間を見ても本件マンションの前回事故があるくらいであり(証人B(調書15、16頁))、本件事故当日に冠水事故があったのも本件マンションだけであった(証人B(調書20頁))から、上記のとおり、本件マンションを優先して対応すべきであったということができる。)。したがって、そのような対策を執ることなく、漫然と満水警報が発報してから要員到着までに1時間5分も経過した結果本件事故が発生した以上、被告は原告に対する不法行為責任を免れないというべきである。 ウ なお、原告は、被告が、上記の緊急出動義務とは別に、本件管理委託契約上、通知義務や土嚢設置義務を負う旨主張する。しかし、前提事実(2)の本件管理委託契約の内容では、通知義務や土嚢設置義務を負う旨が明確に規定されておらず、過去に事実上、掲示板の警告や土嚢が設置されたことがあるという事実関係を考慮したとしても、被告が上記の緊急出動義務とは別の独立した義務として上記各義務を負っていたとの認定を行うことは、困難である。 |
設例2のまとめ
管理会社の「注意義務違反」が認められると、同社は不法行為による損害賠償義務を負う可能性があります。
ちなみに、上記判決(東京地裁平成25年2月28日判決)は、「注意義務違反」、「損害」及び「因果関係」のいずれも認めました。
他の争点として、免責規定適用の問題や過失相殺等もありましたが、結論として、同判決は、免責規定の適用を否定し、被害者側の過失相殺割合を1割として、1割の過失相殺等を経た上で、管理会社に対し「381万7996円」及びこれに対する不法行為日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じています。
さいごに(私見)
今回紹介した東京地裁平成25年2月28日判決の事案に関しては、管理会社の履行補助者が緊急出動して現場に到着した後、管理会社(ないし履行補助者)は具体的にどのような対策を執るべきであったのか、そしてそのような対策を執る義務があるのか、という点について疑問が残ります。
上記判決は、「被告の注意義務の内容と注意義務違反の有無」に関する判断のところでは、「通知義務や土嚢設置義務を負う旨が明確に規定されておらず、過去に事実上、掲示板の警告や土嚢が設置されたことがあるという事実関係を考慮したとしても、被告が上記の緊急出動義務とは別の独立した義務として上記各義務を負っていたとの認定を行うことは、困難である。」とする一方、「被告の注意義務違反と損害との因果関係」の判断のところでは、「被告が満水警報を受信して通常要する時間内に本件マンションにかけつけて、土嚢を積んだり、機械式駐車場の機械を作動させて本件自動車を地下ピットから引き上げるなどすれば、本件自動車が冠水するという事態は回避できたものと推認することができ、……被告の緊急出動義務違反により本件事故発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があったものと認められる。したがって、被告による緊急出動義務違反と本件事故との間の因果関係は認められる。」しています。
この判決の論旨を整合的に解釈するならば、まずは緊急出動義務が認められ、そして到着現場の具体的状況によって次に執るべき義務が発生するということでしょう。
もし、そうだとすると、管理会社(履行補助者)としては、25分内に現場に到着し、かつその時の状況に応じて適切な対策を執る必要があるでしょう。
つまり、仮に25分内に到着したとしてもその後の対応如何では「注意義務違反行為」の存在が肯定され得るでしょうし、さらに私見を言えば、仮に30分後に到着したとしてもその後の対応如何では「注意義務違反行為」の否定または注意義務違反行為と損害との「因果関係」の否定ということにつながり得ると考えます。
到着が「25分」内かどうかというのは本質的な問題ではないと解します。
(弁護士/平松英樹)