本文へスキップ

マンション管理オンラインはマンション居住者と管理組合の視点に立った実務情報を提供する専門サイトです。

インタビューINTERVIEW

建物診断設計事業協同組合
山口理事長インタビュー(2/2)

2012/8/21

前ページからの続き)

大事なのは「ハウツー」ではなく「ハート」だ

これは建診協のメンバーに言っていることですが、管理組合と接するときに大事なのは「ハウツー(How-to)」ではなく「ハート(Heart)」だと思っています。役員になってとまどっている人は、いまだに多いし、これからもどんどん出てくる。役員が孤立しがち、誰もやってくれない、分かってくれないということが、相変わらずどこでも起きている。こうした状況において管理組合が求めているのは、どちらかというと原則論です。管理組合側に立って「がんばれ!」「もっとしっかりしなさい!」と声をかけるには、ハートで正直に語るしかありません。ハウツーは、ある程度勉強すれば誰でもわかるし、教えてもらいたいならお金を払うべきです。

ハートで接する専門家は頼りになります。何をもって専門家というかは時と場合によって異なりますが、病気のとき頼りになるのは医者ですよね。医者のなかにも専門分野がありますが、たとえば交通事故が目の前で起きたとき、そこにいたのが産婦人科医だったら「専門外だから」といって助けないでしょうか。ひとりの医者として、助けますよね。そういう意味での、管理組合にとって頼りにできる多くの専門家が必要とされているのです。ただし、そのとき「何が欲しいのか」という管理組合の意志がはっきりしていないと、一緒になって考えることができません。

マンションを「診る目」を養おう

――マンションの日常的なメンテナンスなら管理組合として考えることができても、改修や修繕工事となると管理組合自身で判断するのは難しい場合もあるのでは。

大切なのは自分のマンションを「診る目」をもつことです。「みる」という言葉には7種類ぐらいの漢字がありますが、単に「見る」だけではだめで、見ているけれど見えない(気づかない)というのはよくあることです。また、「看る」というのも少し違います。これは調査するという意味で、医者の例でいえば、MRIやエックス線で検査することです。調べた結果をもとに判断する、評価するのが「診る」です。検査結果は同じでも、診断が医者によって異なるということがありますよね。

もう少し具体的な話をすると、2009年に沖縄県のマンションで2階の開放廊下が自然崩落するという事故がありました。通常では考えられないことで、「設計が、施工が、材料が、管理が…」と、さまざまな問題点が原因として指摘されました。しかし、それ以上に問題なのは、「本当に突然落ちたのか」ということです。

崩落に至る前に、まずヒビ割れが発生したと考えるのが自然です。前兆があったのに「みていなかった」のではないか、「みていた」のに自分とは関係ない、ひとごとと思って放置したのではないか。つまり、毎日「見て」いても「診て」いなかったのではないかということです。戸建て住宅なら、自分の家にここまで無関心になることはないでしょう。

――専門家でなくとも「診る目」を養うことはできますか。

「診る目」をもつことはそれほど難しくないし、必ずしも専門的な知識が必要だとは思いません。要は、関心をもつこと。マンションの見学会はいい動機づけになります。あるいは、外出から帰宅するとき、玄関の扉を開ける前に、マンションに入ったときに「帰ってきた」と思う、あの感じを忘れないことです。マンションの共用廊下を、道路と同じような感覚で歩いてはいけない。共用部分に無関心、無責任でいようと思えば、いくらでもできるが、必ずツケは回ってきます。

本の知識の過信は禁物

専門知識はあるにこしたことはないが、本やネットで得た知識を過信するのは禁物です。たとえば、開放廊下の長尺シートは機械洗浄のあとワックスを塗ると、たいていの本に書いてある。おそらく、こうした知識に基づく間違いでしょうが、表面をエンボス加工した防滑構造のシートにワックスを塗って、わざわざ滑りやすくしている現場をみて驚いたことがあります。

築4〜5年のマンションで、アルコーブの門扉や面格子がやけにさびているので不思議に思って聞いてみたところ、酸性洗剤で磨いていたということもありました。アルミサッシもそうですが、こうした鉄部は乾いた布でから拭きするのがいちばんいい。ところが、こうした基本的なことは、逆に本には書いてないのですね。

――マンションと管理組合は今後どう変わっていくでしょうか。

東日本大震災による直接・間接の影響はやはり大きい。マンションのインフラにあたる共用部分は、努力しなければ守れないという意識が向上したことは間違いないでしょう。物流が止まって「コンビニに物がない」と文句をいっても始まらないのと同じで、共用部分の管理をおろそかにしてインフラが機能しなくなっても誰も助けてくれない。このことに、若い人ほど気づいたのではないでしょうか。

もうひとつ、これはいま「変化中」なのかもしれませんが、管理組合は日常の生活をもっと大事にしたほうがいいと思います。大規模修繕はマンションの資産価値を上げるとよく言われますが、上げるべきは資産価値ではなく「生活価値」でしょう。階段が歩きにくいとか、エレベーターが遅いとか、大規模修繕を機に身近な問題を解決し、もっと快適な日常生活を求めることによって、結果的に資産価値も上がるのです。あくまで資産価値にこだわるのであれば、ほかの投資方法がいっぱいあるでしょう。マンションは投資の対象ではなく、そこで暮らすためにあるものです。

(2012年8月8日、取材・構成/編集部)




バナースペース

人物紹介 PROFILE

建物診断設計事業協同組合
理事長
山口 実 氏

(クリックして拡大)

山口 実(やまぐち・みのる)

1950(昭和25)年生まれ、東京都大田区出身。設備メンテナンス会社、マンション管理会社、建築設計事務所勤務等を経て、1996(平成8)年に建物診断設計事業協同組合を設立して理事長に就任、現在に至る。日本マンション学会学術委員、財団法人マンション管理センター修繕計画検討委員、同マンション管理標準指針検討委員、国土交通省「マンションにおける修繕積立金及び長期修繕計画に関するガイドライン」検討委員のほか、住宅金融公庫(現住宅金融支援機構)等の公的委員会委員を歴任。著書に『図解・マンション給排水の知識101』(財団法人経済調査会)、『すぐに役立つマンション管理ガイド』(日経アーキテクチュア編、共著)、『事例に学ぶマンションの大規模修繕』(学芸出版社、共著)、『マンション管理の診断マニュアル』(オーム社、共著)、『得するマンション管理を始めよう』(ワンツーマガジン社)、『積算資料ポケット版マンションRe』(経済調査会、共著/総合アドバイザー)ほか。住宅金融支援機構、マンション管理センター、経済調査会のほか、地方自治体や管理組合団体等が主催する講演会の実績多数。

図版 CHART

写真: 開放廊下が自然崩落したマンション(写真提供: 建物診断設計事業協同組合)

(クリックして拡大)

図: 共用部分の改善は暮らしをよりよくすること(生活価値の向上)であり、長期的視野が求められる

(クリックして拡大)