日本マンション管理士会連合会
磯野・前副会長インタビュー(2/2)
2013/3/26
(前ページからの続き)
売る側の論理でつくられた分譲マンション
昭和50年代(1970年代半ば)のオイルショック以降はとくに、売るための住宅があたりまえになってしまった。国策として、賃貸住宅は民間に任せるという風潮もありました。日本住宅公団(当時)も、じつは昭和54年(1979年)あたりから、土地の購入は進めるものの分譲・賃貸事業ともに縮小していた。
いわゆる住宅スゴロクの駒としての分譲住宅が市場に投入される一方、良質な賃貸住宅が出てこなくなりました。政策も持ち家政策に転換し、民間の宅地開発が進み土地神話を生み出し、バブルへと行き着いたのです
超高層タワー型の分譲マンションにも同じことがいえます。超高層の場合、これまで語られてきたようなスケールメリットは当てはまらない。まともに管理しようとしたら、管理費も修繕積立金も足りなくなることが目に見えている。今後の大きな課題です。
――東日本大震災は、今後のマンションのあり方に影響を与えましたか。
被災地の復興は、単に元に戻すだけではなく、新しい街づくりを目指しています。もともと人口減と少子高齢化が進んでいた地域で、なおかつ若年層の人口流出が進んでいる地区もあります。仮に元の姿に戻したとしても、問題は何も解決しません。被災地では新しい街づくりの手法が問われています。
いま被災地復興の街づくりで試されていることが、約10年後には東京を中心とした近郊で起きてくると思います。かつて公団が建てた団地は、すでに築後50年を迎えていて、こうした兆候が出ている。古い団地で増加する空き家の問題は深刻です。古い建物でも、それを使いながら新しいコミュニティ形成につなげていくという試みがあちこちで起きています。
日本の人口は、2025年までは緩やかな減少ですが、それ以降は急速な減少となります。100年後には現在の半分になると推計されています。国の政策の舵取りが難しい時を迎えると思われます。
住宅についても、売る側の論理でつくられた分譲住宅ではなく、良質な賃貸住宅の供給を考慮する必要があるのではないでしょうか。商品としてつくられた住宅を“買わされた”消費者は、自分で管理をするという意識が毛頭なくてもあたりまえです。マンションの管理組合が成長しない元凶の一端はここにもあります。
――住生活基本法には、国の住宅政策を転換する兆しがみられますね。
ただし、具体的な政策はまだみえてきませんね。子どもと高齢者が接することのない“住”のミスマッチとか、いわゆる住宅弱者の問題など、課題は山積みです。
生活にマッチした住宅が求められている
住生活基本法は、マンション問題にも深く関わっています。とくに都市部の住宅政策は、マンションの存在抜きに語れません。地方では、マンションはその特性に応じて利用されています。例えば、札幌市では雪かきをしなくていいうえ、設備の整った病院が札幌にしかないことから、マンションが高齢者の生活にマッチした。似たようなことは、ほかでも起きています。
地方都市でマンション化率が最も高いのは福岡ですが、増加するマンションの空き室の活用法をいろいろと考えています。東京でマンション化率がいちばん高いのは千代田区で、80%を超えていますが、ここでも事務所用途につくられた部屋だからといって事務所として使わなくてもいいだろう、という発想の転換で空き室の利用法を考えている。こうした試みから、いずれいろいろなモデル事例が出てくるものと思っています。
マンションは、同じような形の部屋を揃えます。ある程度均質化したほうが売りやすいからです。でも、生活はそういうものじゃない。人によって、もっとバラバラです。この意味では、3LDKとワンルームが混在するような団地は、団地のなかで住み替えができるという可能性があります。しかし、ほとんどのマンションは、ある一定の時期には住みやすいけれども、だんだん生活と合わなくなってくる。
人間は、生まれたときは1人、結婚して2人、子どもができると3人、4人と増えていって、最後はまた1人に戻る。マンションにあっても、同じマンション内、または近隣のマンション同士で住替えができるような住環境づくりをする時代にきたのではないかと思います。
地方都市では、駅の近くにマンションをつくれば便利です。こうしたマンションを活用したコンパクトシティという考え方も古くからある。生活にマッチできるよう、分譲と賃貸の両方をうまく混在させる手もあります。
マンションに関する問題は、建物としてのマンションだけを考えていてはダメです。「住む」という視点を中心に、マンションの居住価値を考えなければなりません。
(2013年3月15日、取材・構成/編集部)